私を忘れないで


蝉しぐれ、
雑踏の如く降りそそぐ初夏の駅のホーム、

ベンチで列車を待つ女性に、隣に座っていた老人が遠慮がちに話しかけた、

「熱いですな、何処まで行きなさる」

突然の問いかけに驚いた表情を見せながらも、ハンカチで汗に濡れた頬を拭い、女性はそれがまるで義務であるかのように優しく答えた、

「隣町の病院までですよ」

「病院ですか、まだお若いのに、どこか悪いのかね」

老人の不躾な質問に驚いたのか、蝉が泣き止んで一瞬の静寂が二人を包み込んだ、

「、、私じゃなくて、父なんです、、」

「そうか親父さんか、わしと同じぐらいの歳かな、それならお見舞いですか」

「、、、は、はい」

父親の容態が良くないと思ったのだろうか、声に抑揚がない女性を老人は精一杯元気づけようとした、

「心配しなくても大丈夫だよ、きっと良くなる、こんな可愛い娘さんを置いて先には逝かないさ」

「………」

女性は俯き、目を伏せてしまった、

自分の言葉が的を得ていないと感じたのか、老人は言い訳がましく言葉を重ねた、

「失礼、それは無理かのー、、親より先に子供が逝っちゃならねーな、順番は守らないかん、それが最低限の親孝行ってもんだ」

その通りかもしれないが、女性は更に悲しい顔を見せた、

老人はそれ以上かける言葉が見つからない、

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