婚約破棄されたので、好きにすることにした。
 記憶が戻る前のクロエならば、そんな言葉を聞けば涙ぐんで俯いたかもしれないが、今のクロエにとっては外野の声など雑音でしかない。
 まったく気にすることなく、エーリヒに笑みを返す。
「ううん、大丈夫。むしろ物珍しくて、周囲を見ているだけで楽しかった」
「そうか。それならよかった」
 優雅な動作で向かい側に腰を下ろしたエーリヒは、クロエを見つめる。
「食事は?」
「もうすんだわ。これはデザート」
「そうか。じゃあ成果は部屋に戻ってから話すよ」
 エーリヒも簡単な軽食を頼んでいた。クロエのほうが明らかに食べる量が多かったが、見ないふりをする。
 いくら食べても、その分消費すればいいのである。
 ゆっくりと食事を楽しんだあと、ふたりで喫茶店を出て、宿屋にある部屋に戻る。
 周囲にいた女性たちが何やら騒がしかったが、ちょっとうるさいな、と思っていたところで声が止んだ。
(小声での悪口って、意外と聞こえるのよね)
 クロエが地味だろうが、エーリヒと釣り合っていなかろうが、それぞれが一緒にいることを選んだのだ。外部の人間に、それをどういう言う権利はない。
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