アオハル・スノーガール

おかしな態度

 気がつけば、文化祭まで後二日。
 今日の午前中、二時間だけ授業をやった後は、いよいよ本格的な準備に入る事になっている。
 まだ少し残っている郷土研の壁新聞製作に、コスプレ撮影の準備。クラスの出し物の劇の準備もあるから、大忙しになるけれど、私は家を出る前から、既に張り切っていた。

 転校してきた当初は、ひっそりと過ごせればいいななんて思っていたけど、この心境の変化には自分でも驚いている。
 そしてそれはおばあちゃんも同じだったみたいで。二人してテーブルをはさんで朝食をとっている中、暖かな目をして聞いてきた。

「文化祭、もうすぐなんだってねえ。千冬ちゃん、学校は楽しいかい?」
「うん、とっても。お父さんとお母さんには、ちょっと悪いけど」

 せっかく進学校に合格したって言うのに、半年も経たないうちに急な転校。当時は自分の事を考えるので精一杯だったけと、転校の手続きや新しい制服の購入、学費の支払いなど、大変な事ばかりだったに違いない。

 それでも送り出してくれたお父さんとお母さんにも、急に一緒に住むことになったにも関わらず、嫌な顔ひとつせずに受け入れてくれたおばあちゃんにも、本当に感謝しているよ。

「文化祭、本当はお父さんとお母さんにも見に来てもらいたいけど、無理だよね。仕事だってあるんだもん」
「なあに、だったら写真でも撮って送ってやればいいよ。きっと喜ぶから。ただ、張り切りすぎて怪我をしないように気を付けるんだよ。それと……」

 おばあちゃんは手にしていた味噌汁を置いて、前のめりになりながら、声を鋭くさせる。

「くれぐれも、力を暴走させないようにね。アンタは妖力をコントロールするのが苦手なんだから」
「だ、大丈夫だよ。嫌な気持ちにならなかったら、いいだけだしね」

 怒ったり悲しんだり不安になったり、そんな負の感情が高まると自分の意思とは関係無しに、冷気が放出されてしまう。
 おばあちゃんほどになると、そんな事がないよう完璧にコントロールできているけど、ひよっこの私じゃあまだまだ心配なのだろう。
 だけどきっと平気。だって今は、とっても楽しいんだから。

「まあ、それなら良いんだけどね。でも逆に、溶けてしまいそうになる事はないかい? 例えば気になる男の子が近くにいたら、ドキドキして溶けちゃうなんて事は?」
「へ!? き、気になる男の子!?」

 瞬時に脳裏に、岡留くんの顔が浮かんだ。
 途端にボンッと顔から湯気が出そうになって、ドキドキする気持ちを慌てて抑える。

 ダメダメ。岡留くんには、白塚先輩がいるんだから。

「もう、おばあちゃんったら。気になる男の子なんていないもん」
「そうかい。それじゃあ、どうして溶けかけているのかな?」
「えっ? う、嘘!?」

 慌てて箸を置いて、顔や体をペタペタ触ってみたけれど、肌は乾いたまま。ちっとも溶けてなんていなかった。
 するとそれを見たおばあちゃんが、クククと喉を鳴らす。

「おや、どうやら勘違いだったみたいだねえ。歳をとると、目が悪くなるからいけないよ」
「お、おばあちゃーん!」

 絶対にわざとだ。
 それにしても、おばあちゃんには岡留くん事はほとんど話していないって言うのに、どうして好きな子がいるって見抜けるんだろう? 年の功かな?

「まあ、何はともあれ、秘密がバレないようくれぐれも気を付けるんだよ。けどもしも、自分が雪女だってことを明かしたいくらい好きな人が現れたら、その時はよーく考えてみなさい。秘密を抱えたままっていうのは、窮屈だからねえ」

 秘密を明かすかあ。
 もしも本当に打ち明けたら、岡留くんはどんな反応をしてくれるかな? 
 白塚先輩もそうだけど、妖が好きだからすんなり受け入れて、興味津々に質問攻めにあっちゃうかな?

 最初は正体がバレるかもってビクビクしていたけど、最近ではもしかしたら二人になら、話しても大丈夫かもって思っている自分がいる。けど、それでも……。

(……やっぱり、楽観的に考えない方が良いよね)

 二人の事を信じていない訳じゃないけど、話す事で今まで築いてきた関係が壊れちゃうんじゃないかって、つい不安になってしまう。
 まあいいか、隠したままでも。今までだって、上手くやっているんだから。

「ねえ、そういえばおばあちゃんは、どうやっておじいちゃんに雪女だって事を明かしたの?」

 何回かデートを重ねているうちに、この人なら大丈夫って思って告白したのかな? それとももしかしたら、意図せず雪女だってバレちゃったとか?

 他にも、お父さんがお母さんに、雪女であるおばあちゃんの事をどうやって紹介したのかも気になる。
 今のところ予定はないけど、もしかしたら今後、私も誰かに正体を明かすことがあるかもしれないから、是非参考にしたいんだけど。

 だけどおばあちゃんは味噌汁を一口すすって、とぼけたように首をかしげた。

「うーん、どうだったかねえ。何しろ大昔の事だから、よく覚えちゃいないんだよ」
「もう、またそれ? おばあちゃん、別に物忘れは酷くないでしょ」

 どうやら私の何倍も生きているおばあちゃんも、昔の恋バナをするのは恥ずかしいみたい。
 今度、おコンさんにでも聞いてみようかな、おばあちゃんの恋バナ。

 そんな事を思いながら、すっかり冷たくなった味噌汁を口に運んだ。


◇◆◇◆


 もう十月も後半。昼間はともかく、朝はちょっと空気が冷たくなってきている。
 制服の衣替えもとっくに終わっていて、登校している生徒はみんな、長袖の冬服姿だ。

 住んでみて思ったけど、この辺は東京よりもずっと寒くて、家によってはもう、暖房器を出している所もあるとか。朝はエアコンなしだと寒くて着替えられないって、楓花ちゃんが言っていたっけ。
 もっとも雪女の私にとっては、むしろ寒い方が過ごしやすくて良いんだけどね。

 冷たい空気を体に浴びながら、すっかり通い慣れた通学路を通って学校の正門をくぐると、前を歩く長い髪をした女子生徒の姿を見つけた。

(あれって、北岡さんだよね)

 そこまで仲が良いわけじゃないけど同じクラスで、何度か話をしたこともある。よーし……。
 少しだけ足を早めると、彼女に追い付いて声をかけた。

「おはよう、北岡さん」

 自分でも驚くほど、自然と出てきた挨拶。
 転校してきた当初は挨拶をされてもキョドって、上手く返せなかったけど。最近ではこうして、自分から声をかけることも少なくなくなってきていて。たぶんそれは、クラスに馴染めたからなのだろう。だけど……。

 振り返った北岡さんは、何故か私を見てギョッとしたような顔をする。

「あ、綾瀬さん。お、おはよう……」

 あれ、何だか思っていた反応と違う。目を見開いたかと思うと、わずかに後ずさる北岡さん。
 もしかして私の顔に、何かついてる? 家を出る前にちゃんと鏡を見てきてし、髪も整えて来たんだけどなあ。

「どうしたの? 何か脅かすような事でもしたかな?」
「う、ううん。何でもないから。ゴメン、準備があるから、もう行くわ」

 ああ、ちょっと。
 まだ話したかったのに。まるで逃げるみたいに、足早に去って行ってしまった。何だか様子が変だったけど、どうしたんだろう? 
 もしかして知らないうちに、怒らせるような事でもしてたとか?

「ちーふーゆー!」

 わっ!?
 考えていると、背中に何かが覆い被さるような感触があって。振り返ると里紅ちゃんが抱きついてて、背中に頬を埋めていた。

「おお、相変わらず冷たーい。けど気持ちいいー!」

 いやいや、私はともかく、もう皆寒い寒いって言っているんだもの。きっと里紅ちゃんだって、寒いに決まってる。
 だと言うのに、彼女は今でもこうして時々抱きついてくるの。私が言うのもなんだけど、チャレンジャーだなあ。

「里紅ちゃん、あんまりくっついてると風邪引いちゃうよ」
「へーきへーき、アタシバカだから風邪は引かないの」
「そんなこと言ってー。あ、そうだ。ねえ、私の顔に何かついてない?」
「え? うーん……」

 里紅ちゃんは離れて、まじまじと見つめてくる。

「目二つ、鼻一つ、口一つ。あと、雪見だいふくみたいに白くてもちもちのほっぺがついてる。大丈夫、今日も可愛いよ」
「ありがとう。でもそれじゃあ、さっきのアレはいったい……」
「ん、どうしたの?」
「ううん、何でもないの」

 きっと何か考え事でもしてる時に声をかけてしまって、ビックリさせちゃったんだ。
 そう思う事にして、里紅ちゃんと二人、教室に向かって歩いて行く。

 だけどこの時、もうちょっと深く考えておいた方が良かったのかも。
 さっきの北岡さんの態度が、いったい何を意味していたのかを……。
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