アオハル・スノーガール

暴かれた秘密

「ひいいいっ!」

 ドアが開かれるや否や、杉本さん達は岡留くんにお礼も言わないで、悲鳴をあげながら転がるように部室を出て行く。

 もしも彼女達が今あったことを言いふらしたら、きっと私はこの学校にいられなくなる。
 だけどそれよりも、今は部屋に入ってきた岡留くんの事で頭がいっぱいだった。そして彼の後ろから更に、白塚先輩も顔をのぞかせる。

「これは……いったいどういう状況?」
「なんだよこれ、綾瀬、何があった?」

 二人が驚くのも無理はない。部室の中は、それは無惨なものだった。
 部屋中いたる所に霜がおりていて。さっき杉本さんに破かれた冊子のページが、巻き起こった風に飛ばされ、雪と共にバサバサと宙を舞っている。
 杉本さん達はいなくなったのに、私の心が穏やかでないせいか、未だに吹雪は収まっていないのだ。

「み、見ないで」

 腕を交差させて身を抱き締めながら、震える声で懇願するも、二人とも唖然とした様子で目を反らしてはくれない。
 もっとも、もしも今から目を背けたところで、既に目の当たりにした異様な光景を、なかった事になんてできるはずがないのだけど。

 今までひた隠しにしていた秘密が、暴かれようとしている。しかも部室をメチャクチャにして、人を傷つけたという最悪な形で。

「いったい何が起きているんだ? 千冬ちゃん、君は何か知っているのかい?」
「ち、違う。やりたくてやってるわけじゃ……」
「詮索は後だ。綾瀬、杉本たちに、何かされたりは……」
「来ないで!」

 歩み寄ってきた岡留くんだったけど、それを拒絶するように叫んだ。だってまるで抑えのきかない今、不用意に近づくのはあまりに危険すぎるもの。
 現に声をあげた途端、私の意思に反して凍りつくような冷気の風が吹いた。

「うわっ!」

 吹き付ける冷たい風に、岡留くんも白塚先輩も身を震わせている。

 もういやだ。いっそこのまま、溶けてなくなりたい。
 けど来ないでって言ったのに、岡留くんは一瞬足を止めただけで、再び私に向かって歩いてきた。

「来ないで、来ないでってば!」
「バカ。状況はわかんねーけど、放っておけるかよ!」

 吹き荒れる吹雪をものともせずに、歩み寄ってくる岡留くん。いくら彼が暑がりとはいえ、これで寒くないはずがないのに。
 その証拠に体は小刻みに震えているけど、それでも歩むのを止めずに。目の前までやって来ると、彼は私の手を強く握ってきた。

「放してください。今触れたりしたら――」

 凍傷にかかった杉本さん達の痛々しい姿が、脳裏をよぎる。
 だけど岡留くんは放すどころか、もう片方の腕を背中に回して、抱き締めるように包み込んでくる。

「大丈夫だから落ち着け。……これは、綾瀬がやっている事なのか?」
「ち、違っ……違います!」

 咄嗟に嘘をついて首を横に振ったけど。その途端またしても、吹雪は強さを増した。

「話を聞いてくれ。もしも本当に綾瀬がこれをやっているなら、頼む。頑張って止めてくれ!」
「む、無理です!」
「そんなの、やってみないとわかんないだろ! それとも、このままで良いのか!?」
「——っ!」

 まるで私の仕業だと、確信を持っているような強い言葉。だけど怒っているわけじゃなく、説得するようにじっと目を合わせてくる。
 このままで良いのかって? そんなの……嫌だ!

 これ以上、部室を滅茶苦茶にするわけにはいかない。そして、何より心配なのが岡留くん。
 さっき杉本さんは私に触れただけで、冷たさで手を怪我してしまっていた。それじゃあ、私を抱き締めている岡留くんは? もしかしたら杉本さんよりももっと、大ケガをしてもおかしくない。
 そんなの、絶対に嫌!

「ああ――っ!」

 叫んだ後は歯を食いしばって、溢れ出す冷気を抑え込む。
 昔おばあちゃんから、もしも感情のコントロールが効かなくなって力が暴走した時は、焦らず心を落ち着かせるんだよって教えられたけど、頭をクリアにする余裕なんてない。

 だけどそれでも必死で。落ち着かせるのでなく圧し殺すように、心を静めていく。
 こんなにも妖力を暴走させてしまったのは、これで二度目。前は抑える事ができなかったけど、今度は……。

「大丈夫、何も心配しなくていい。……綾瀬ならできるから」

 やはり凍えるくらい寒いのか、岡留くんの声は寒さで震えていたけど、それでも私を落ち着かせるように、背中に回した手に力を入れてくる。
 彼を傷つけたくない。その一心で、自分の中から溢れ出る冷気を抑え込んだ。

「雪が、やんでいく……」

 呆けたような白塚先輩の声が、耳に届いた。
 ……本当だ。さっきまで起こっていた風はやんで、室内を舞っていた雪は、徐々にその白さを薄めて消えていく。

 止め……られた? 抑えることができたんだ。
 力をコントロールできた事に安堵したけど、それもほんの一瞬。握られていた岡留くんの手が緩んで、背中にあった腕が力を失ったのを感じて、背筋が凍った。

「岡留くん、岡留くん大丈夫ですか!?」

 力が抜けたように崩れ落ちて、膝をつく岡留くん。
 私も慌ててかがんで彼を支えたけど、ぐったりとした様子で。だけどそれでも絞り出すような声をかけてくる。

「見ろ……止められたじゃねーか。できないなんてことは……ないんだよ」

 寒さで口の中がかじかんでいるのか、たどたどしい喋り方。だけど私を元気付けるように、苦手なはずの笑顔を作ってくれている。

 ……ありがとう。止められたのは、岡留くんが支えてくれたからだよ。
 そんな彼はじっと私の目を見ながら、呟くように言いった。

「なあ……綾瀬は、雪女なのか?」
「——っ!」

 安心しきっていたところを、ガツンと殴られたような衝撃があった。
 そうだ、喜んでる場合じゃない。あんな所を見られたのだから、もはや隠し通すなんてできないよ。

 巻き起こっていた吹雪。それにネットで書き込まれていた、雪女という言葉。これだけヒントが出ているのだから、答えにたどり着けないはずがない。
 当然だけど、さっき私に吹雪を止めるよう言ったのだって、確信があったからだ。

「あっ……ち、違う……」

 どう考えても誤魔化せないって分かっているのに、悪あがきをしてしまう私は愚かだろうか。
 だけど今は、そんなことを考えている場合じゃなかった。白塚先輩が慌てたように駆け寄ってきて、座り込んでいた岡留くんの体を抱え起こした。

「話は後だ。今は彼を保健室に連れて行こう」

 そうだった。
 見ればさっきまで私に触れていた岡留くんの手は赤くただれて、火傷したみたいになっていた。
 吹雪を止められたからって、何を安心していたの。助けようとしてくれた岡留くんを、傷つけてしまった。
 全部私のせいだ。私の……。

「千冬ちゃんは平気かい? さっきの子達に、何かされたりは……千冬ちゃん?」
「ご、ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 震える声で、壊れたレコーダーのように謝罪の言葉を繰り返す。
 秘密を知られてしまって。杉本さん達や岡留くんを、こんな目にあわせてしまって。もう、ここにはいられない。

「ごめんなさい!」
「えっ。ちょっと、千冬ちゃん!?」 
「待て綾瀬!」

 二人が止めるのをふりきって、部室から飛び出して行く。
 もう、何もかもおしまいだ。

 無我夢中で廊下を走って。すれ違ったジャージ姿の男子生徒や、お喋りをしていた女子生徒の一団が、驚いたようにこっちを見るも、気にしている余裕なんて無い。生徒のみんなが忙しそうに文化祭の準備をする中を、泣きそうな顔をして駆けて行く。 
 以前は楽しく思えていたはずの景色。だけど今はそれが、まるで遠い世界の出来事のように思える。私では決して触れられない。触れてはいけない、輝かしい景色……。

 ごめんなさい、岡留くん。ごめんなさい、白塚先輩。今まで一緒に、展示や撮影会の準備を進めてきたけど、明日の文化祭には出られません。

 心の中で何度も謝って。私は誰にも何も言わないまま、学校を後にした。
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