アオハル・スノーガール

好きな人だからこそ

「すみませんでしたー!」

 畳に頭を擦り付けながら、全力で土下座を披露する。できることなら穴をほって、頭を埋めてしまいたいくらいだ。

 白塚先輩はおばあちゃんが淹れた熱いお茶を飲んでいるけど、それでもまだ全然寒いみたいで。用意してもらった毛布を体に巻き付けて、暖をとっている。

「すまないねえ。この子は妖力を操るのが苦手で、感情的になるとすぐに吹雪を起こしてしまうんだよ」
「す、少しは我慢できるよ!」

 テーブルについて、冷たいお茶を飲んでいるおばあちゃんに言い返す。
 白塚先輩の前なのに、さっきから妖力とか吹雪を起こすとか普通に言っているけど、もう私達が雪女だと言うことを、隠すつもりはない。
 と言うか、こんなにガッツリ雪を降らせちゃったんだから、もう誤魔化すなんて絶対に無理だもの。

「感情的になると吹雪を起こす、か。千冬ちゃんはやっぱり、雪女だったんだ。妖って、本当にいたんだねえ」
「……隠していてすみません」
「別に謝ることじゃないよ。おいそれと言えるような事ではないだろうしね。実のところ私だって今でも、信じられない気持ちでいる。妖マニアだなんて言ってるけど、しょせんはこんなものなんだ」

 白塚先輩は苦笑するけど、それは仕方がないと思う。
 私が言うのもおかしな話だけど、普通の人にとっては妖なんて常識の範囲外の存在。呑み込むのに時間が掛かるのも、無理の無い話だ。けどそれでも。

「もっと早く、全部話しておけば良かったんです。そうすれば岡留くんにも、怪我をさせずにすんだかもしれないのに」
「ほう、なぜそう思うんだい?」
「だって話していたら、私と一緒にいたら危ないって、分かったじゃないですか。……ネットに書かれていた噂、全部嘘って訳じゃないんです」

 ギュッと唇を噛み締めて、隠していた事実を打ち明ける。

「雪女だっていうのは本当ですけど、それ以外にも。暴力をふるって、生徒に怪我をさせたって言うのも、嘘じゃないんです。昨日杉本さんや、岡留くんにやったみたいに……」

 あの書き込みの真実。前の学校であった出来事を、ポツポツと語っていく。
 状況は、今回の事とよく似ていた。白い髪をしていた私は、上級生に目をつけられていて。ある日、女子の先輩達から呼び出しを食らった。

 素行が悪いだの風紀が乱れるだの、心無い言葉で、責め立ててきた先輩達。
 この髪は生まれつきだと言っても聞き耳を持ってくれなくて。そんな中、一人の先輩が言った。

『生まれつきですって。だったらアンタの家族はみんな、そんなみっともない髪をしているって言うの?』

 その一言が、私の逆鱗に触れた。
 おばあちゃんとお揃いの大好きな髪だったのに、みっともないだなんて貶されて。
 込み上げてきた怒りは冷気となり、私の意思とは無関係に、先輩達を襲ったのだ。

「……わざとやったわけではありません。けど、怪我をさせてしまったのは事実なんです」

 じっと耳を傾けてくれている白塚先輩に、全てを打ち明けた。
 あれが暴力と言えるかどうかは、判断が難しいけど、少なくとも学校側はそう判断して、私は停学。
 先生達にまで、私が雪女だという事が伝わったかどうかは知らないけど、先輩達に怪我を負わせただけで、停学になるには十分だった。

「なるほどね。それから生徒達の間では君の事が噂になって、ネットで書き込みがされるようになったと言うわけか。もっとも大半は、デマみたいだけど」

 そう。ネットで雪女だって書かれたけど、直接現場を見ていない人が、それを信じたかどうかは分からない。それよりもむしろ噂に尾ひれがついて、やってもいない事がさも事実かのように書かれていったのだ。

「それで学校にいられなくなって。おばあちゃんを頼って、田良木高校に転校してきたんです」

 最初は不安だったけど、友達もできて、ここなら上手くやっていける。そう思っていたのに。
 結局は同じ事を繰り返してしまった。

 特に私を助けようとしてくれた岡留くんにまで怪我をさせた事は、悔やんでも悔やみきれない。
 今更だけど、もしも最初から全てを話していたら、こうはならなかったかもって、つい考えてしまう。

 だけど先輩は、諭すように言う。

「岡留くんの事だけどね。彼なら心配いらないよ。本当に怪我は大したことないし、ちっとも怒っていなかったもの」
「本当ですか!?」
「ああ。本当は私でなく、彼が君を迎えに行くって言っていたくらいだ。生憎、クラスの出し物が忙しくて、解放してはもらえなかったけどね」

 ああ、うん、分かる。ピシッとした格好をした岡留くんに接客をさせたら、多少の不愛想を差っ引いても、十分に客寄せになるだろうから。

「後はこれからどうするかだけど……。千冬ちゃん、君は岡留くんの事が好きかい?」
「えっ?」

 真顔になって聞いてくる白塚先輩に、思わず固まってしまう。
 だって、だって好きって……。

「間違っていたらごめん。だけど、最近の君を見ていると、何となく。岡留くんの事を、目で追っているように見えるんだ」
「ああ、千冬ちゃんは分かりやすいからねえ」

 ちょっと、おばあちゃんまで何言ってるの!?
 だけど事実私は、岡留くんの事が好き。だけどそれは、決して知られてはいけない恋。だって岡留くんには、白塚先輩がいるんだから。でも……。

「どうなんだい、千冬ちゃん?」

 じっと私を見つめてくる白塚先輩。何となく何て言っていたけど、その目は確信に満ちているように思える。
 そんな真っ直ぐな眼差しを向けられた私は、私は……。

「……ごめんなさい。好き……です……」

 たどたどしい口調でガクガクと震えながらも、本当の気持ちを口にする。
 言ってはダメ、知られてはいけないって分かっているのに。誤魔化すなんてできなかった。
 けど、白塚先輩が口を挟む間もなく、すぐに付け加える。

「でも、好きってだけです。決して先輩との仲を、邪魔をするつもりはありませんから!」
「ん?」
「ごめんなさい。前に先輩と岡留くんが仲良さそうに、名前で呼び合っているのを見たんです。付き合っているんですよね、岡留くんと」

 おずおずと尋ねると先輩は腕を組んで、何かを考えるようにじっと黙ったたけれど。やがてふうっと息をついた。

「……そっか、アレを見られてしまっていたのか。まいったな、上手く隠せていると思っていたのに……」
「す、すみません」
「謝ることじゃないよ。もう隠しても無駄なようだね。君の思っているように、私は彼の事が好きだ……大好きだ」
「——っ!」

 躊躇いの全く無い情熱的な告白に、赤面して息を呑む。
 私は好きだと打ち明けるだけで震えてしまってたのに、こんなにハッキリ好きだと言えるなんて。やっぱり、白塚先輩には叶わないや。

「だけどね。今岡留くんの心を最も占めているのは、私じゃない。だから君に頼みがある。岡留くんに、会ってはくれないかい」
「私が? 岡留くんに?」
「ああ。彼は昨日からずっと、君の事ばかりなんだ。けど、心配しすぎて心ここにあらずといった感じで、見ている方が心配になる」

 肩からズレかけていた毛布をかぶり直してながら、しみじみと語る白塚先輩。
 つまり私が元気な姿を見せて、岡留くんの愁いを払ってほしいって事ですよね。でも……。

「ですが私は、岡留くんに怪我させてるんですよ。いくら気にしてないって言われても、いったいどんな顔をして会えばいいか……」
「何を言っているんだい。申し訳ないって思っているなら、ちゃんと会って謝らなくちゃダメじゃないか」

 ためらっていると、横で話を聞いていたおばあちゃんが口を挟んでくる。
 確かにそうだけど……。

「お願いだ、彼の事が好きなら、会ってあげてくれ。たのむ!」

 そう言って白塚先輩は、おでこがテーブルにつくくらいに、深々と頭を下げてきた。

「ちょっと先輩! 顔を上げてください!」
「だったら約束してくれ。ちゃんと彼と会って話をするって。約束してくれるまで、絶対に止めない!」
「分かった、分かりました! 学校に行って、ちゃんと話しますから!」

 本当はまだ迷っていたんだけど、放っておいたら土下座でもしてきそうで。もう言うことを聞く以外の選択肢なんてなかった。

 白塚先輩の心中が、どうなっているのかはわからない。けど自分の彼氏に、片想い中の女の子を合わせるなんて、きっと複雑だろう。
 けど、それでもこうしてお願いしてきたんだから。だったら私も、覚悟を決めないと。

「どうやらやることは決まったみたいだね。千冬ちゃんは、早いとこ制服に着替えて、出かける準備をしてきなさい。アタシはその間に、簡単なお昼ご飯を作っておくから。お腹が空いてちゃ、何をやるにも力が出ないだろう」

 腹をくくったところで、お婆ちゃんがパンパンと手を叩いてきた。そういえば元々、お昼ご飯を食べに部屋から出てきたんだっけ。

「千冬ちゃん。その男の子の事が好きなら、ちゃんと全てを打ち明けることさ。でないと、いつまでだっても後悔し続けるからねえ。勇気を出して向き合えば、案外何とかなるもんだよ。……昔のアタシが、そうだったからねえ」

 え、お婆ちゃんもそうだって? という事は今の私みたいに、誰かと衝突したり、隠していたことを打ち明けたりした事があるっていうの?
 その相手って、もしかして……。

「ひょっとしてその勇気を出した相手って、おじいちゃんの事だったりする?」
「……昔の話さ」

 返事をしたお婆ちゃんはちょっと照れた様子で、耳が赤くなっていた。
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