アオハル・スノーガール

体験入部

 成り行きでやることになった、郷土研への仮入部。
 でもてっきり部室で本でも読むのかと思っていたのに。放課後私は、何故か学校の近くにある神社へと足を運んでいた。

「先輩、こんな所に来て、いったい何をするんですか?」

 すれ違う人もいない殺風景な神社の長い石段を、一段一段上りながら。すぐを歩く白塚先輩に尋ねてみると、振り返って答えてくれる。

「この神社にまつわる伝承を、チェックしておきたくてね。ネットでも調べられるけど実際に現地に行って、色々見ておきたいんだよ。あと、写真も何枚か欲しいかな」
「写真を撮って、いったい何に使うんですか?」
「今度の文化祭で必要でね。この辺の伝承についてまとめた、壁新聞を作るんだ。少しはまともな活動もしておかないと、弱小部はあっという間に潰れてしまうからね」

 少しはまともな活動も、か。昼間の話を聞く限りだと、妖について調べるだけの部活みたいに思っていたけど、それだけじゃないんですね。

 それにしても暑い。九月だというのに残暑が厳しくて、溶けないか心配になる。
 写真部に誘われた時、暑い中外に出るのが嫌だから断ったけど、こっちでも同じような事をしちゃってるよ。

 だけど暑さでへばっていたら、後ろからついてきていた岡留くんが声をかけてくる。

「暑いの大丈夫か? 保冷剤、いる?」
「良いんですか? 助かります」

 ああ、冷たくて気持ちいいー。
 受け取った保冷剤はまだ冷たかったけど、学校のどこかで冷凍庫を借りて冷やしてたのかな?
 だとしたら、彼の暑さへの警戒心は大したもの。雪女の私以上だ。
 
「よくこんなの用意していましたね。暑いの、そんなに苦手なんですか」
「昔外で遊んでいたら、熱中症にかかってぶっ倒れた事があるから、用心してるだけ。俺には、綾瀬の方が苦手そうに見えるけど」
「そうかもしれません。暑いのは天敵ですから」

 暑いの苦手仲間かあ。変な共通点だけど、なんだか親近感がわいてくる。
 そんな話をしながら石段を上っていくと、その先には古い社が建っていた。

「それで、この神社の由緒というのは何なんですか? 郷土研の実態が妖怪研究会と言うことは、妖にちなんだ云われがあるとか?」
「だったら面白いんだけどね。生憎ここは、もっと普通の神社だよ。せっかくなら隣町にある、天狗伝説の残る神社に行った方がよかったかな? それとも、大川に連れて行くべきだったかも。あそこは毎年夏になると、町の青年団による河童捜索隊が結成されて、川あさりをしているからねえ」
「あ、いえ。どうぞお構い無く。ここで十分ですから」

 天狗とか河童とか、本当に妖怪が好きなんだなあ。まあ、私も本当は嫌いじゃないんだけどね。だって同じ、妖なんだもの。

 先輩は石畳から少し離れた所に設置されている、神社についての解説が書かれた案内板の前へと移動して行く。

「私はここでネットで調べた資料と、書かれている事に差異はないか確認してみる。君たち二人は、写真でも撮っておいてくれないか。岡留くん、千冬ちゃんのエスコートは任せたよ」
「了解。綾瀬はそれでいいか?」
「はい」

 岡留くんは社の前まで移動していき、私も後に続く。
 彼はポケットから取り出したデジカメで、パシャパシャとシャッターを切ったけど、何枚か撮った後ふと手を止めて、そっと私を見てきた。

「……悪かったな」
「え、何がですか?」
「なんか、無理に付き合わせちまって。歴史とか妖について調べるなんて変な部活、アンタは興味ないんじゃないのか?」
「いえ、そんな事ないですよ」

 だって私自身が妖なんだから、興味ないなんて事はないもの。
 ただ、ちょっと気になるのは。

「あの、そういえば郷土研に入ってるって事は、岡留くんも妖に興味があるんですか?」
「まあ……。部長ほどじゃないけど、そういうのを調べるのは嫌いじゃないから」

 目を合わせようとはせずに、歯切れの悪い返事だったけど、彼は確かに肯定した。

「小学生の頃はよく、妖が出てくる本を図書室で借りて読んでた。鬼とか、河童なんかが本当にいるかもって思って、山に上ったり川原を散策したり、そんな子供だったかな」
「そうだったんですか? なんだか意外です」

 なんとなく物静かなイメージがあったのに。そんな彼が野山や川を駆け巡っている姿は、ちょっと想像するのが難しい。
 すると彼は、ふうっと息をついてくる。

「はっきり変だって、言ってくれて構わないから。妖の事ばっかり調べてるだなんておかしいって、言われ慣れているから」
「へ、変なんかじゃありません!」

 黙っていたから呆れてるって勘違いしたのかもしれないけど、そうじゃないから。

「良いじゃないですか、何に興味を持ったって。好きなものは人それぞれなんですから、変って言う方がおかしいですよ!」

 誤解を解くべく声を張り上げて、力強く言う。一方岡留くんはそんな反応が予想外だったのか、目をぱちくりさせている。

「それに変だって言われても、こうして研究を続けているのは、すごいと思いますよ。好きな事をとことん調べてるなんて、格好良いじゃないですか。それはきっと、素敵なことです。私が保証します」

 私は人目を気にしちゃうタイプだから。もしも岡留くんと同じ立場だったとしても、こんな大々的に公言できそうにない。好きな物を好きだって素直に言える姿勢には、お世辞抜きで憧れちゃう。
 すると彼は不意に、強固だった無表情を微かに崩して。表情が少し柔らかくなった。

「アンタ……じゃない、綾瀬、変わってるな。そんな風に言われたのなんて、初めてだ」
「あ、あれ? 私何か、おかしな事言いましたか?」

 うう、つい調子にのって、喋りすぎちゃったかも。けど、岡留くんは柔らかな声で言う。

「ありがとうな。それ部長にも言ってあげたら、きっと喜ぶよ。海坊主を探しにビニールボートで海に漕ぎ出そうとしたり、雪女を探して雪降る山に入って行こうとする人だからなあ」
「ゆ、雪女ですか!?」

 海坊主のエピソードもすごかったけど。不意打ちで出てきたその言葉はもっとビックリして、思わず声をあげてしまった。

「雪女が、どうかしたのか?」
「え、ええと、私も暑がりだから、親近感があるというか。夏の間は溶けないのかなーとか、熱いお風呂には入れないのかなーとか、気になっちゃって」

 正体を知られたら一大事。だけど慌てて誤魔化すと、岡留くんは首を横に振った。

「そういった事は、たぶん平気なんじゃないか? 逸話にもよりけりだけど、雪女と結婚した男の話は知ってるか?」
「うん。昔、冬の山小屋で雪女と出会った猟師が、後にその雪女と結婚するお話だよね」

 確か吹雪の中、村に帰れなくなった猟師の男とそのお父さんが山小屋で過ごしていたら、雪女が現れて。彼女はお父さんを凍らせてしまうんだっけ。
 それから雪女は『私の事は誰にも喋るな。喋ったらお前も凍らせる』って言って。そして二人は別れたんだよね。
 その数年後、男は綺麗な女の人と結婚して子供も産まれたんだけど、ある日ポロッと、奥さんにあの日の雪女の事を話しちゃうの。
 だけど実は、奥さんの正体がその雪女で。彼女は約束を破った男を凍らせはしなかったんだけど、彼の元を去って行くっていう話だったっけ。

「あの話では、再会してから子供が産まれて、その後数年は一緒にいたみたいだから、その間に夏はあったはず。という事は暑さに弱いと言っても、生活できないほどじゃないんじゃないか」
「うんうん」
「あとたぶん、風呂も平気だと思う。何年も一緒にいたのに、風呂に入らなかったらおかしいって思うだろうからな」
「すごい、当たってる! そう、雪女って言っても、世間でイメージしてるよりは、暑いの平気なんですよ! ……た、たぶんですけど」

 あまりに的を射ていたからつい余計なことを言って、慌てて取り繕う。
 だけど岡留くんは、変な顔ひとつしない。

「この前のバスくらい暑かったら、ヤバそうけどな」
「はい、さすがにあれは。けど、雪女って怖くないですか? 猟師のお父さんを、凍らせてしまったんですよ」

 このお話に出て来る雪女がどこの誰かは知らないけど、ずいぶんと恐い事をしてくれる。岡留くんが雪女に対して、悪いイメージを持っていないか心配だよ。だけど。

「かもな。だけどたぶん、全部の雪女がそうってわけじゃないだろ。……良い雪女だって、いるよ」
「は、はい。そうですね」

 良かった、悪いイメージはないみたい。
 偏見を持たない彼に感心していると、自分の作業を終えた白塚先輩が、こっちにやって来た。

「そっちの首尾はどう?」
「ぼちぼち。写真も撮り終わったし、今日はこれくらいでいいだろ」
「だね。それで、千冬ちゃんはどうだったかな。私達は神社や古墳に行っては、こうして調べてるんだ。後はまあ、部室で黙々と妖関連の本なんかを読んでいるんだけど」

 妖関連の本を読む、か。やっぱりそれがっちょっと引っかかるなあ。
 だけどそれって、岡留くんも白塚先輩も私みたいな妖に、興味を持ってくれてるって事なんだよね。

「もしも興味があるのなら、私達は歓迎するよ。もちろん、無理にとは言わないけどね」

 そうは言いつつも、どこか期待のこもった目をしている。白塚先輩だけでなく、たぶん岡留くんも。
 どうしよう。最初は妖について調べてる人達の集まりなんて、冗談じゃないって思ってたけど。一緒にいる時間は、意外と嫌なものじゃなかった。だから……。

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」

 うっかり今朝の自己紹介と似たような台詞を言ってしまったけど、二人は笑わずに。お辞儀をして、顔を上げた私に、白塚先輩がそっと手を差しのべてくる。

「歓迎するよ。郷土研にようこそ」

 こうして私は、郷土研に入ったのでした。
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