可哀想な猫獣人は騎士様に貰われる
首輪が外れた日
「その獣人を私の代わりに殺して!」

 取り乱したクロエは、金切り声を上げた。

 血や土埃で汚れに汚れたパステルピンクのドレスは、クロエが──アゼリア王国唯一の王女がよく好む色と形だった。

 どれも同じように見える服を何着も何十着も作らせて、一度袖を通したならすぐに捨ててしまう。ドレスよりも高価な宝飾品についてもそうだった。

 正気を疑うような金の使い方に、しかし国王夫妻も臣下も苦言を呈すことはなく。ただひたすらに、厳しい生活を強いられる民たちの不満と怒りが膨らむばかりだった。

 だから──この状況は、なるべくしてなったのだろうと、獣人のジルはぼんやりと立ち尽くして思った。

「ねえ、ほら、それは私とそっくりでしょうっ? 首を切って城門に晒すのよ、あなたなら出来るでしょ! 早く!」

 クロエが絶叫しながら強く揺さぶるのは、姫付きの近衛騎士オーランドだ。

 この国ではあまり見ない褐色の肌に、ダークグレーのうねった髪。色彩のはっきりとしない暗色の瞳は、いつも通り何を考えているか分からない様子で、みすぼらしい主人を見下ろしている。

「あの汚らわしい耳もちゃんと切り取っておくのよ。別人だとバレないように! 私が国外へ逃げるまで時間を稼ぐの!」

 ひくっ、とジルの頭の耳(・・・)が動く。

 白茶色の髪と同じ、ふわふわとした毛に覆われた三角耳。ジルを獣人たらしめる証だ。彼女の尾てい骨からは同色の尻尾も生えているが、首を切り落とすならそちらはどうでもよいのだろう。

 いずれにせよ、切り取るなら殺してからにしてくれとジルがさりげなく耳を縮こまらせる間にも、クロエの叫びは終わらない。

「ああもうっ、どうして私がこんな……ッ! 平民の分際で王家に弓引いたこと、絶対に後悔させてやるわ!!」

 悲しいかな、クロエはまだ理解していなかった。

 彼女の両親である国王夫妻は既に捕らえられ、贅を凝らした宮殿もあちらこちらに火が放たれた。クロエの贅沢三昧やわがままを唯々諾々と聞き入れていた臣下たちは、早々に降伏するか逃げ出したそうだ。

 今宵、民たちを苦しめた王家は革命軍によって打倒される。

 クロエの元で奴隷のような扱いを受けてきたジルでさえも、アゼリア王国が一度終わるのだということは、すぐに分かることだった。

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