可哀想な猫獣人は騎士様に貰われる
 彼の背に投げつけられるクロエの声は、段々と悲痛なものへと変わっていく。嗚咽混じりのそれがはっきりと聞き取れなくなってきた頃、廊下の角から見覚えのある人物が現れた。

「あっ、近衛騎士殿……! 王女はどちらに?」

 それは侯爵家の嫡男レジーだった。かねてから王家の統治者としての資質を疑問視していた、いわゆる貴族派の一員であり、革命軍を率いるリーダーだった。

 以前、クロエがダンスを断られたと言って怒り狂っていたことがあったのだが、恐らくその時から既にレジーは王室の打倒を計画していたのだろう。

 ということはつまり、彼がこのアゼリア王国の次の王になるのだろうか。正直なところジルは誰でもいいのだが、出来ることなら次の王は──獣人の国内での地位を少しでも上げてくれることを願うばかりだ。

「ジル殿……! ご無事だったのですね」

 すると、こちらの視線に気が付いたレジーが表情をやわらげた。顔見知り、というにはやや不足する程度の仲だが、全く知らないわけでもない。ジルが小さく会釈をすれば、彼はさらに嬉しそうに目を細めた。

「我が国の民、そして貴女を執拗に苦しめた王家は今日で終わりです。ジル殿、これからは貴女が穏やかに暮らせるよう努力していく所存です」

 レジーは部下にクロエのもとへ向かうよう指示を下すと、どこか熱に浮かされたような眼差しでジルを見つめる。

「ジル殿、こんなときに言うのもあれですが……僕はずっと貴女をお救いしたかった。可憐な貴女が獣人というだけで王女に虐げられていると知ったとき、どれだけの怒りにこの身を支配されたことか……! いつか必ず、僕の手で貴女を助け出すとそのとき誓ったのです」
「え……」

 突然の熱烈な告白に、ジルはただ当惑した。

 何せレジーとは本当に接点がない。というよりも、ジルはそもそも他人と深く関わることを禁じられていたし、姫付きのメイドや騎士ぐらいしか言葉を交わしたことがないのだ。

 レジーとは、王女の荷物持ちとして外に出たとき、たまたま擦れ違って目が合うぐらいで……それ以上の何かはなかった。

「近衛騎士殿、ジル殿をこちらに……」
「!」

 やめてくれ、とジルは縋る気分でオーランドの胸にしがみつく。王家から解放されるとはいえ、何故か一人で盛り上がっているレジーに引き取られるのは怖かった。

 それにレジーはきっと国王か、それに準ずる高い地位に据えられる人材だ。ジルは思う。もう貴族の世界はこりごりだし、保護なんてしなくていいから放っておいてほしいと。

 ぶるぶると震えて縮こまるジルを見て何を思ったのか、レジーは安心させるような笑みで彼女の白茶色の髪を掬う。

「ああ、怖がらないでください。今後、獣人の地位は他国と同じぐらいに向上させていきます。貴女が貶められることのない世界になったら、どうか僕の──」

 ふ、とパサついた髪が彼の手からすり抜けた。

 オーランドが、レジーの横を通り過ぎたのだ。先程よりも心なしか強く抱き込まれたジルは、どこへ連れて行かれるのかという不安と、レジーの所有物にならなくてよいのかという安堵が入り混じった表情で俯く。

「近衛騎士殿っ? お待ちを、ジル殿は僕が引き取らせていただく話だったはずでは?」

 話が違うと詰る語調に、オーランドは足を止めずに言い放った。

「覚えていない」

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