ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 私が任務後の療養中に会った時は変わっていなかった。だが香水は……。
 あの香水は、彼女の思い出が詰まったものだったのだろう。

「あんたさ、葉梨の香水、今日つけてる、よね?」
「うん」
「いつ、つけた?」
「官舎出る時」

 私はあれがトップノートなのかと思った。
 駅の改札口で岡島を待っていたが、現れた岡島の纏う香りがなんとも形容し難く、困惑したのだ。

「トップノート、不思議な香りだね」
「うん、俺も最初びっくりした」

 なんと言えば良いのだろうか。車のディーラーにある新品タイヤ、だろうか。そこに何か他の匂いもあるのだが、語彙力が無いから上手く説明出来ない。

「葉梨はね、『寒い日にキュウリを齧りながらタイヤにライターを近づけて溶かしてる時の匂い』って言ってた」

 ――どういう状況だ。

 そこにバーテンダーの望月さんが皿を下げにやって来た。

「そのトップノートってさ、ディオールのファーレンハイトでしょ?」

 ――それなの、か?

 岡島を見ると、「そうですよ」と望月さんに答えていた。
 望月さんは、トップノートが苦手で敬遠する人もいるが、それを我慢すると良い香りになると笑いながら言った。

「情熱と冷静、男らしさと繊細さとか、相反するものを持ち合わせる大人の男のイメージだって」
「望月さんもつけてるんですか?」
「いや、俺は昔、女からもらったけど……」

 望月さんは「今はつけてないよ」と言って、皿を下げて灰皿を交換してカウンターへ戻った。

「大人の男だって。あんたには早い」
「えー、葉梨はつけてたのにー?」
「あんたには早い」

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