ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 私たちは目的の店に着いた。
 ここは玲緒奈さんの息が掛かってる店だ。
 個人経営の小さな飲み屋といった風情のあるお店で、入り口に大小の狸の置物がある。小さい方は玲緒奈さんが破壊したから二代目だ。

 中に入るとカウンター席に案内され、二人並び座った。店内はL字にカウンターがあり、奥の壁側にはテーブル席がある。まだ早い時間で他に客はいない。

 私は生ビール、葉梨は烏龍茶を頼み、料理は適当に注文した。
 私は乾杯をしてジョッキを半分ほど空けた。

 ――ああ、美味い。

 久しぶりの外での酒は格別だった。だが葉梨は一口飲んだきりで、グラスを手に持ってじっと見つめている。何か考えているような表情だ。

 私は葉梨のグラスに自分のジョッキをぶつけた。ゴチンと音がする。
 葉梨は驚いたようにこちらを見て謝罪した。

「あの、緊張してしまって」
「なんで?……まあいいや」

 緊張するのは当たり前だ。岡島に連行され、そこにいた女が私だ。あの玲緒奈さんの舎弟だ。私は女だが。
 しかも岡島に裏拳をお見舞いしている姿を見たのだ。緊張せずにはいられないだろう。見た目は熊で闇金の取り立てなのに。

「あのさ、私、あんたが初めての男なんだよ」
「はっ!?」

 ――あ、完全に言葉足らずだ。

「えっと、私が、プライベートで、仕事を教えるのは、葉梨が、初めての、男、なんだよ」
「……なるほど」

 葉梨はまたグラスをじっと見つめてしまった。

「あのさ、普段は省エネなんだよ」
「……えっと、はい」

 葉梨は相変わらずグラスを見ている。

 ――これは相当、戸惑ってるな。

「あー、ごめん。言い直す。私はプライベートではあんまり喋らなくなるけど、仕事の話ならちゃんと話せるから。安心して」
「あ! はいっ!」

 ――通じたようだ。

 もう一つ、私には葉梨に伝えなくてはならない事がある。言わなくては。言葉足らずは良くない。ちゃんと、言わなくては。

「ねえ葉梨」
「はい!」
「次は玲緒奈さん同席」

 体を向けて私の顔を見ていた葉梨の目から生気が失われていった。

「もうグーパンされないから大丈夫だよ、多分」

 私はそう言って、残りのビールを飲み干した
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