あの頃言えなかったありがとうを、今なら君に
そんな無意味な事を想像し、手の中ですっかり冷めてしまっていたコーヒーを一気に呷る。


「営業部長は、私!さぁあと一踏ん張りやるわよっ」

パン、と両頬を叩き気合いを入れた私はいつかの時のようにガコンとゴミ箱へコーヒーの入っていた紙コップを投げ捨てた。


そのままメールを確認し、後輩の見積書にも目を通し。
当時はいたアイツがいない、たった1人の事務室でパソコンとひたすら睨めっこする。

「あー、あの頃はもっと遅くまで出来てたんだけどなぁ」

やはり年のせいか、20時を過ぎる頃にはすっかり疲れてしまった私は仕事を切り上げて退社する事にして。

あの頃はもっと遅くまで頑張っていたが、揉まれ経験した全てを活かし今はもっと短い時間で仕事をこなせるようになっているのも事実。

「あの頃ばかり見てても仕方ないわよね」

それにまだ40代に入ったばかり。
私が営業部を選んだのだから、とまだまだ第一線で走り回る決意をしながら自宅の駐車場に車を停めて。



「⋯ただいま」
「お帰り、飯できてんぞ」

相変わらず少し無愛想な仏頂面に出迎えられて思わずくすりと笑みが溢れる。
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