一途な恋
 そろそろ潮時かもしれない。
 西島(にしじま)華怜(かれん)は社員食堂の入口近くで談笑している泉澤(いずみさわ)陸翔(りくと)を眺めながら考えていた。
 視線に気付いた陸翔が、満面に笑みを広げ華怜に手を振る。
 最近陸翔の様子がおかしい。

 陸翔とは同期入社だった。互いに気さくな性格だったため意気投合し、興奮冷めやらぬまま入社式があった日の夜に、勢いで飲みに行くことになった。それをきっかけに更に仲は深まり、互いに何でも言い合える仲になっていった。
 翌年のバレンタインに、華怜は陸翔にチョコを渡した。「どうせ義理だろ」と笑いながらぞんざいに鞄に突っ込んだ陸翔だったが、それが高級チョコだということを知った翌日、申し訳なさそうな、驚いたような、困ったような、何とも言い難い表情で華怜に尋ねた。

「お前さぁ……昨日のあれ、どういう意味?」
「ああ、あれは……」

 一時間も悩んで選んだ、一粒千円以上もする超高級チョコの詰め合わせは、本命チョコ以外の何ものでもなかった。互いに"気の合う同期の飲み仲間"と思っていたものが、いつの頃からか華怜のほうだけ恋心に変わっていたのだ。 
 華怜はそれを正直に告白した。
 
「彼女が出来るまでなら、遊んでやってもいいけど」 
 
 それが、陸翔からの返事だった。
 遊ぶといっても弄ぶという意味ではなく、実質的には、陸翔とは今までと何ら変わりない関係が続いていた。もちろん体の関係などもない。
 変わったことといえば、陸翔からの飲みの誘いがなくなったことだ。陸翔には既に、家族のこと、友人のこと、自分の恋愛傾向まで語り尽くしていた。華怜の性格を知り尽くした陸翔は、恐らく、誘わなくても誘ってくるだろうと思ったに違いない。現に華怜の誘いは、半強制的に近かったが、その辺りも陸翔の想定内だったはずだ。
 告白してから華怜が変わったことは、「遊んでやってもいい」と言った陸翔に、少し我儘を言えるようになったことだ。隠す必要がなくなって、逆に気持ちが楽になった。というのか、開き直った、というのか……。飲みに誘う時もあれば、映画に誘う時もあり、買い物に付き合ってもらうこともあった。片思いではあったが、華怜はそれを勝手にデートと呼んだ。

 結局一年経っても陸翔に彼女は出来なかった。
 一途に思い続ける華怜に対して好意的な反応を見せることもあれば、そっけない態度をとることもあって、華怜は陸翔の気持ちをなかなか掴めずにいたのだが……

< 1 / 3 >

この作品をシェア

pagetop