音が好き
♪1 「音が好き」

♪1「音が好き」

 体育館いっぱいに並べられたパイプ椅子。

組み立てられたステージ。

全校生徒の真剣な顔と、パイプ椅子に腰掛ける親たちの楽しそうな顔。


そんなイレギュラーな環境の中、コーラスコンクール、中学二年生の発表が始まろうとしていた。



 「続いては、中学二年生の発表です。まずはじめに、二年一組の皆さん、お願いします。」


先生のアナウンスを聞いて、一組の生徒がステージに上がる。私はその様子を凝視し、一人の生徒を探していた。

あっ

見つけた。

いつもより、ちょっと顔が引きつっている。

緊張してるんだ。

こんなちっぽけなコーラスコンクールで。

ちょっと意外だな。


そんなことを考えながら、私は、アナウンスで彼の名が呼ばれるのを待った。



「それでは、二年一組の発表です。曲はーー。指揮者はーー。伴奏者は……」


来た!! 


稲葉音(いなばおと)さんです。」

 

ーー

 稲葉音くん。


彼と私は、小学一年生の時から、同じ先生にピアノを教わっている。

私と音くんは、レッスンの時間が前後だったし、同じコンクールや発表会によく出ていたので、親同士はすぐに仲良くなった。

親同士()、だ。


実は、私は人見知りで、自分から声をかけるというより、相手から声をかけられて仲良くなることがほとんどだった。

そして、おそらく彼も同じだ。

人見知り同士の私たちは、ほとんど会話をすることがなく、ずるずると流れて今に至る。


私と音くんは家が離れているので、小学校は別々だった。

しかし、私と音くんが同じ学校を中学受験し、見事二人共合格したので、今は同じ中学校だ。

さらに、私と音くんは、同じ部活動、オーケストラ部に所属している。


小学生の時は「同じ習い事」だけだったのが、中学生になって、

「同じ習い事」「同じ学校」「同じ部活動」と、やたらと接点が増えた。

そのため、さすがに話をしないのはどうかと思うのだが、音くんはどう思っているのだろう。


そして、私は音くんに恋をしている、

のだが、話もできないのに恋人になるなんて、無理だよね……。


こんなに接点が多いのに、ほぼ会話なしの私たち。

この関係に名前を付けるなら、一体何になるのだろうか。

ーー



 音くんが、鍵盤に指を置く。


わぁ……//


ドの音から1オクターブ上のミの音まで届く、大きな手と長い指に、思わず見入ってしまう。

ゴツゴツとした力強い手と指に、急に音くんが男の子だということを意識してしまう。



 指揮者が合図を出した。

その瞬間、夏の晴れ晴れとした青空のような、透き通った音色が私を突き抜けた。


っ……‼︎//


たかがコーラスの伴奏なのに。

クラシックの有名なメロディーでもないのに。


音くんの放った始めの一音は、どうしようもなく私の心に響いて、

彼の音色に心臓がギュッと苦しくなった。


もう何年も音くんのピアノを近くで聴いてきたけど、

やっぱり毎回、始めの一音に心を奪われる。

音くんのピアノに慣れる時は、この先一度も来ないと思う。


 音くんが奏でた8小節程のイントロは、あっという間に終わってしまって、

ちょっと、いやかなり寂しかった。



 次に、コーラスが入ってくる。


あっ


音くんは、すっと優しい弾き方に変え、コーラスを引き立てるような伴奏をした。

コーラスのことも考えて演奏できるなんて、さすがだ、かっこいい! 


イントロでは、主人公の王子様のような、存在感抜群の音色を披露していた。

しかし、コーラスが入る少し前から、徐々に存在感を消していき、コーラスを引き立てるモブキャラのような音色に変わった。


ソロの演奏だけではなく、伴奏者としての演奏も本当に器用だ。



 ステージの上で何気ない顔をしながら、美しい伴奏を披露する音くん。

私は音くん自身が大好きだけど、それに負けないくらい、音くんの音も好きだ。
 
< 1 / 12 >

この作品をシェア

pagetop