わがままだって言いたくなる

第17話


相変わらず、夫婦のすれ違いが続いて、
比奈子は幼稚園入学の準備になろうと
していた。

家族サービスと言われていたおでかけもめっきり減って、日々の買い物は親子2人で済ますことが多くなった。

一緒に住んでいるはずのに
お互い別世界にいるようだった。

家族で同じ場所で過ごすと言ったら、
土日の昼夕の食事時だけ。

朝は夜中までオンラインゲームを楽しむ晃は、まるで夜勤でもしているかのようにいびきをかいてリビングで寝てしまっている。

その為、休みの日でも朝ごはんは
一緒に食べる習慣が無くなった。

それでも果歩は気丈に振る舞って、
ご飯を用意したり、洗濯や掃除を
文句を言わずに淡々とこなしている。

晃に期待することをやめた。

夫として、存在していても
気持ちはいないと同じことにしていた。

ご飯を食べている時だけ
日常的な何のお互い影響のない会話を
して、終わらせる。
笑うこともなければ、悲しんだり、
怒ったりすることもない業務連絡のような
雰囲気だった。

その様子を3歳の比奈子はツバを飲み込んで
聞き入っていた。

夫婦喧嘩していないけど、
水が流れていない川のように
時が過ぎていく。

カラカラで乾いた
砂漠に近い川。

行き着く先はどこなのか。

進めない水が地面に吸い込んで
居場所を失う。

喉のあたりが苦しかった。

声がうまく出ない。

この空間って地球で合っているのかな。


空気が綺麗なはずなのに
水も美味しいはずなのに

我が家が
真っ闇に包まれた
深い深い海にいるような
そんな雰囲気になっていた。


抜け出したい。


仲が良くないなら仲良いふりしないで

建前な付き合いを家族でしなくてもいいでしょう。

どうして、
果歩は本音で話そうとしないんだろう。

私はどうすればいいんだろう。


味方をしたいけれど、
こんな母の果歩を見たことが無い。

生まれてから今までにない表情と体型。

食事、摂れてないのか。

首の筋が見える。

痩せている。

それとは反対に、
晃の方は幸せ太りなのか
お腹がぽっこりと出始めている。

そりゃ、平日は毎晩、外食して、
夜中までポテトチップスやカップ麺を 
お酒を飲みながら
つまんでいればそうなるだろう。

どうして、果歩のことを気付けないのか。

見ていて、辛くなる。

比奈子は、3歳ながらにして
これはおかしいと気づいた。


「お、お母さん!!」

「ん?どうしたの?
 比奈子、
 しょうが焼き美味しくなかった?
 小さく切ったんだけどなぁ。
 もう少し切ってあげようか?」

 食事中に大きい声を
 あげるなんて珍しいなと思いながら、
 キッチンから料理はさみを
 持ってきた。

「だ、大丈夫。
 これ、すごく美味しいよ!!」


「そっか。それは良かった。」

 果歩は久しぶりに疲れた表情で
 ニコッと笑った。

「あ、俺さ、明後日から1泊2日で
 職場の慰安旅行くことになってさ。
 いないから。
 東京行くから。
 お土産何がいい?」

 その言葉を聞いて
 果歩の雲行きが怪しかった。

 晃は旅行だと思って浮かれていた。
 果歩の顔なんて見てもいない。

「何もいらない。」

 比奈子は小さい声でぼそっという。

「え、東京だぞ。
 欲しいもの無いの?
 ほら、
 可愛いネズミのキーホルダーとか
 いらない?
 あと、バナナのお菓子とか。」

「そんなのいらない!!」

「何、怒ってるんだよ。比奈子。
 あ、わかった。
 俺が旅行行くからってずるいって
 思ってるんだな。
 いいだろぉ~。」


 子どもの気持ちをつゆ知らず。
 晃は冷やかすように言う。
 比奈子は機嫌を悪くして、
 別部屋に移動して行った。 

「あのさ、その慰安旅行って
 絶対行かなきゃいけないものなの?」

「あー、うーん。
 絶対ってわけじゃないんだけどさ。
 税務課のメンバー全員との
 親睦会みたいな感じ。
 土日の休み使っていくからね。
 仕事じゃないから給料発生しないけど、
 課長がそういうの好きみたいで。
 え、何、果歩も反対なの?」


 「……。」
(状況読めない人…。)

 黙々と自分の作ったおかずを食べ続けた。

「行ってほしくないなら、
 そう言えば良いじゃん。
 俺は別に行かなくても平気だけど。」


「全然、そういう顔してないけど。
 かなり残念な顔してるよ。
 気持ちと言葉のズレが生じてるよ?」

「え……。」


「行ってもいいんだけど、
 私たち、
 3人で遠出の泊まり旅行
 一回もしてないのに
 平気にして行くんだなぁと
 思っちゃって。」

「……ごめん。」

「言いたくないけどさ。
 職場の人と私たち
 どっち大事なの?」

「え、果歩、何?
 何か、あった?
 今までそんな話とか
 したことないじゃん。」

「ちょっと、質問に質問で返さないで。」

「あー…ごめん。
 俺、そんな風に考えたことないよ。
 家族が1番に決まってるじゃん。」

 どこか棒読みで演技していると
 感じるセリフだ。

 本音を言って欲しかった。

 果歩はため息をついた。

「その旅行、行ったら
 帰って来なくてもいいのに…。」

 晃に聞こえないくらい小さな声で答えた。

「え、今、なんて?」


「ううん。何でもない。
 楽しんできたら?
 私も比奈子の2人の時間、
 めいいっぱい楽しむから!!」

 嫌味な言い方をする果歩。

「え……おう。
 楽しんでくるさ。」

 仕事ってわかっていても
 なぜか、こんな状況になって
 嫉妬してしまうのはなぜだろう。

 妻として
 大事にされてないからか。

 ゲームばかりに熱中して
 一緒に寝てくれないことに
 苛立っているのか。

 泊まりがけに行くのが無性に
 なんで今の時期なのかと
 上司に問い詰めたかった。


 台所の蛇口を捻ってコップに水を注いで
 ゴクンと飲んだ。

 のどが潤わない。

 飲んでも飲んでも乾きが潤わない。

 果歩は、
 キッチンの床に膝から崩れて
 倒れた。


 意識が遠のいて、
 晃が名前を呼んでいる夢を見た。




 
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