わがままだって言いたくなる

第21話

ホトトギスが鳴いている。

いつもと違う朝だった。

横には、父の晃がいびきをかいて寝ている。


一緒に寝ていたはずの母の果歩は、
先に起きて、洗濯や朝食を作っていた。


台所の音がこちらにまで聞こえてくる。

平穏な1日の始まりかに思えた。

寝室のドアを開けて、
リビングにいこうとした。

景色が変わった。


真っ白な空間に飛ばされた。

地面をいじりながら、
いじけている神様がいた。

「あのさ?」

「え?」

「気づいてるでしょう?」

「何のことですか?」

比奈子は知らないふりをした。

神様の横でサングラスをかけたひまわりの人形が音に合わせてダンスしている。

「だからさ…。こうやって、気持ち紛らわせているんだけど、無理なんだわ。」

「ひまわりに?」

不思議そうに比奈子は神様を見つめる。

「…バレたっしょ?」

「げっ。」

「いや、あのね、『げっ』じゃなくてさ。」

「ごっ。」

「『ご』でもないんだわ。」

「あー、がぎぐげごだから、ざ!」

「あのさ。バカにしてる?」

「いえ、全然。
 まさか、
 そんなことあるわけない
 じゃないですか!」

「ますます、深刻だよ?
 まじで。」

「晃に私の前世が
 バレてるってことですか?」

「そうだよ。その話。
 反応遅すぎ。」

「……そもそも、なんでバレては
 いけないんですか。」

「いやいや、バレたら、あなたのお母さんが
 混乱するっしょ。果歩さんが。」

「まー確かに。前世以上に?」


「存在意義が失われる可能性が、
 あるわけよ。果歩さんのね。」

「え、故意的に?
 それとも自然の流れで?」


「どっちにもありえるわ。
 そして、バレた瞬間に
 対価を払わなくてはいけない。
 等価交換って知ってる?
 何かを得るためには
 犠牲になるものがある。
 確かにバレてはいるけど、直接的に
 確認はしてないわけだから
 ギリギリセーフってところだけども。
 決定打になるものを示した瞬間に…。」

「私はどうなるんですか。
 まさか、子どもの比奈子で
 前世の記憶が消えるとか?」


「……なってみないとわからないけど、
 いろんな説がある中で、
 可能性が高いのは。」


「高いのは?」




「声を失う。

 話せなくなる。
 存在はするけど、記憶も消えないけど
 声を出せなくなる。
 口は災いの元というものだからね。」

 神様は目を閉じて話した。

 比奈子は息をのんだ。

 
 言いたいことを言えなくなる。

 真実を明かして
 しまった代償だというのだ。

 だから神様は禁止としていた。
 やめておけと言う理由は納得できた。

 わからないでそのままでいいことってある
 のだなと比奈子は受け止められた。

 声が出なくなるまでにできることを
 考えた。

 比奈子自身はどうしたいのか。

 今の夫婦関係の修復力を
 子どもの力であげるのか。

 むしろ何もしないで自然消滅しても
 いいくらいに見守るのか。

 今の世の中は親子共々平和に
 安全に過ごせることが優先されていて、
 必ずしも結婚してなくては
 ならないわけではない。

 そんなに頑張って動かなくても
 結果は見えている。

 果歩の体調やしぐさ、
 態度でわかっていた。

 パジャマのまま、比奈子は、
 朝ごはんを作る果歩の後ろに
 しがみついた。


「おはよう。よく眠れた?」

 頬がげっそりしている果歩。
 むしろ、そっちが
 眠れていないんじゃないっと
 聞き返したい。

「うん。」

「比奈子の好きなフレンチトースト
 作ってたよ。」

「やった。」

 踏み台を広げて、上に乗った。
 フライパンの上に
 焼かれたパンを覗いた。
 卵と牛乳が絡まった食パンが
 いい匂いを漂わせていた。

「おはよー。」

 目をこすって晃が起きてきた。

「今、ごはん作ってたよ〜。」

 比奈子は元気よく答えた。

「コーヒー淹れるから。」

 果歩は、マグカップ2つに
 インスタントの粉を入れて、
 お湯を注いだ。

 コーヒーの香りが広がった。


「比奈子はオレンジジュースでいい?」

「うん!」

 3人揃った朝食もあと何回顔を合わせて 
 食べられるんだろう。

 一緒に食べることで元気に出るなら
 なおのこと。

 フレンチトーストに
 ブルーベリーのジャムが乗っている。

 とろんと垂れたジャムが美味しそう
 だった。


「いただきます!」

 スマイルが描かれたフォークを使って、
 頬張った。

 頬をおさえて

「おいしー。」

「うん、うまい。」

「そう、よかった。」

 果歩は、
 食べようとしたフォークをとめた。

「お母さんは食べないの?」

「ん?食べるよ。」

 無理した笑顔で、小さく切ったトーストを
 食べていた。
 食欲がないようだ。

「うん、おいしいね。」

「…調子どう?」

晃は聞いた。

「うん、平気。」


全然平気そうじゃない。


「病院行かなくてもいいの?
 というか、睡眠薬飲んでたって
 知らなかったんだけど、
 なんで教えてくれなかったの?」

「まぁ、眠れなかったから。」

「…それはそうだろうけど。
 なんで?」

「疲れてるんじゃないのかな。」

「……今は、眠れているの?」

「昨日は点滴もしてたし、
 ほぼ寝てたから。」

 話が途切れ途切れだった。

「俺は医者じゃないから治せないけど、
 病院行く時くらい声かけてよ。
 連れてくから。」

「話せる時間なかったから。」

 晃は何も言えなくなった。
 確かに家族の時間といえば、
 最近はほぼ土日の昼夕の食事
 くらいだった。
 その時間を逃せばずっと話す機会を失う。
 
 ゲームに夢中になった代償は
 ここにあった。

「ごちそうさま。」

 果歩は、そう言って立ち上がった。
 食器を片付けていた。
 晃は慌てて、食べ終わると
 食器を台所に持っていった。

「果歩、ごめん。
 話聞いて。」

「え。」


「ゲームするの、やめたから。
 智也が彼女できたっていうから、
 俺もそろそろ、やめようって話になって、
 夜にするのなしになったの。」

「…うん。だから?」


「え、だから…そう、だから。」


「ごめんなさい。私、あなたのゲームとか
 別に興味ないし、やめたとかどうとか
 言われてもどうでもいいよ。」

 冷めた目線でもう、優しさはなかった。

 洗い場にある水の入ったおけに
 皿を入れた。

 コップを入れたら、ガシャンと割れた。

「あ。」


 触ろうとしたら、果歩の左人差し指が線が入ったように血が滴り落ちた。

「ちょ、危ないって。
 血出てるから。
 消毒と絆創膏どこだっけ。」

比奈子は気がついて、棚にあった
救急箱を持ってきた。

「はい。これだよ。」

「おーさんきゅ。」

晃は、消毒薬と脱脂綿を取り出して、
果歩の指をピンセットを使って手当した。

思ったより、範囲が広かったため、
絆創膏では防ぎきれず、
ガーゼを包帯で巻いた。
テープが無くても大丈夫な包帯で
すぐにくっついた。
 
「これでよし。
 あのさ、果歩。
 昔からなんだけどさ。
 人に頼らなすぎ。
 全部1人でやるなって。
 できないことはできないって
 言ってもいいんだぞ?
 俺はやらないんじゃなくて、
 やらせてくれる機会を与えてくれない
 じゃないか。」

「そういう私の性格だから。」

「それも知ってるけどさ。
 洗い物は俺するから。
 休んでおけって。
 あ、そうそう。
 言い忘れてたけど、明日の慰安旅行
 俺だけキャンセルしたから、安心して。」

「え、うそ。予定入れちゃったよ。」

「は?なんで、俺がいちゃダメな発言?」

「そういうわけじゃないけど。
 そしたら、晃も参加してね。
 ママ友たちとのBBQ。
 お父さんたちは来てないけど。」

「力仕事ならするよ?
 もしかして、佐々木隆二君ママとか
 来るの?」

「うん。そうだね。
 あと、もう1組のママさんも。」


「初めての人もいるのか。
 緊張するな。」

「嫌なら来なくてもいいよ。」

「そんなこと言わないでよ。」

「お父さんも行くの?」

 比奈子は横から声をかける。

「うん。行くよ。
 比奈子は隆二君と仲良しだもんね。」

「うん。」

 晃の様子を見ていると
 比奈子の過去はまだはっきりとは
 気づいていないのかもしれないと
 胸をなでおろした。

「ところでさ、果歩、
 比奈子に、電話の仕方とか
 教えていた?」

「え、なんで?」

「救急車呼ぶの、
 比奈子が果歩のスマホで
 電話してたのよ。
 パスコード解いて…。
 教えていたのかなって。」

 果歩は目を丸くして、驚いていた。

「嘘、そうなの?
 すごいね。
 全然、電話の仕方とか
 教えたことないけど
 知っていたんだ。
 パスコードも教えたことないけど
 横から見てたかもしれないね。」

 果歩は、比奈子の頭をなでなでしていた。
 褒められて嬉しかった。

 ことなおさら、その話を聞いて
 晃は比奈子を疑いの目で見た。
 3歳で電話できるのかと疑問を感じた。


 視線を感じた比奈子は背中で冷や汗を
 かいた。


「比奈子、BBQするの楽しみだよな。
 お肉好きだもんな。」

「あれ、比奈子、
 BBQするのは初めてじゃない?」

「うん。楽しみ。」

 ニコニコと楽しそうだった。
 絵里香の時もBBQは好きだった。
 お肉も好きだったはずと少しだけ
 かまをかけてみたが、
 かすりともしていない。

 次は何を言われるんだろうと
 晃に聞かれる質問には
 ドキドキが止まらなかった。

 いつ声が出なくなるんだろうと
 ヒヤヒヤもあった。

 ごまかすようにおもちゃ遊びに
 夢中になった。




 
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