わがままだって言いたくなる

第4話

  残業が確定した晃は、飲み会をキャンセルしたことを悔やむ智也のために一緒に飲みに行くことになった。



念の為、飲みに行ってもいいか晃は
果歩に電話をした。



絵里香の時は
連絡も取らずに
すぐに行っていたのに、
失敗は成功の元なのか、
やけに慎重に行動している。


『ごゆっくりどうぞ。』

果歩からラインが送られてきた。
返事と一緒にぺこりとお辞儀をした
動物のイラストが来た。


割と寛容な返事で驚いた。


晃はえくぼを出して喜んだ。


そう言われると
かえって早く帰りたくなる。


「悪いんだけど、
 今日20時で帰っていい?」


「早いっすね。
 まあそれくらいなら
 満足っす。
 ハシゴしても良いですか?」


「それは、先輩のおごりでしょうか?」


「いやいや、
 小松さんのおごりでしょう。
 俺、独身ですし。」


「いやいーや、
 独身貴族でしょうよ。
 まー、わかったよ。
 就職先に入ったのは俺が後だけど、
 今回だけね。」

「よっしゃー、ラッキー。
 マジ今月厳しかったんっすよ。
 小松さーん。
 アザーーす。」


「そしたら、お店くらいは
 俺選んで良いよな?」


「ここにしましょう?」



(選ばせてもくれないのかよ。自由だな。
 平成生まれには敵わない…。)


「ったく…。わかったよ。
 そこな。」


クラフトビールが評判のお店に智也は入っていく。最近できたばかりの新店舗のようだ。
クラフト生ビールの種類が多いようだ。

おつまみに
マスタードつきのあらびきソーセージ、
照り焼きチキン、厚めのフライドポテト、
マルゲリータのピザなどの洋食メニューが
描かれていた。


ビールの種類は豊富でラガー系ピルスナー
、エール系ヴァイツェン、ホップ、モルツの香りのペールエール、香りと苦みが旨いIPA
フルーツ香が絶妙、フルーツビール
黒ビールのスタウト、バーレイワインを
置いていた。

店の名前は【CRAFT STAND(クラフトスタンド)】と
書かれていた

「結構、オシャレな店だな。
 やっぱ、新しいからかな。」

「俺、ここに結構来ますよ。
 仙台に本店あるらしいんですけど
 ここにも店舗増やしたみたいっすね。
 いかにも市役所近くに作るって
 職員の顧客狙いですよね。」

「まー、確かにお店作るのにも
 ターゲットを絞ってから
 場所決めるとかあるらしいしな。 
 んで、何飲むの?」

「うーん、前に黒ビール飲んだんで、
 今日はラガー系のピルスナーあたりに
 してみようかなと。
 あと、つまみはあらびきソーセージを
 お願いします。
 小松さんは何にするんですか?」

「俺、こういう店は初めてだけど、
 飲みに店入るの1年ぶりかな。
 子ども生まれたから
 なかなかね。外で飲めなくて。
 宅飲みが多かったから。
 どれがおすすめな訳?」


「そうっすね。
 普段は何のビール飲むんすか?」

「ビールに関しては
 何でも飲めるけど、
 あえて好んで飲んでるのは
 プレミアムビールとか?」

「それなら、ホップ系なんで、
 ペールモールなら馴染みあるん
 じゃないですかね?
 まぁ、こだわらずに
 飲み比べてもいいじゃないですか?」

「そうなんだ。」

ラミネートされたオシャレなメニュー表を
見て、クラフトビールの違いを
じっと見つめた。

数が多すぎてついていけない晃。

「智也が言ったその、ペールモールでいいや。
 すいません!」

「はい。ご注文はお決まりでしょうか?」

 店長らしい人が伝票バインダーを持って
 やってきた。

「注文なんですけど、
 このペールモール1つと
 ピルスナーを1つ、
 あと、あらびきソーセージを1つ
 マルゲリータのピザ1つを
 お願いします。」

 1つ1つ指差し確認しながら、
 晃は注文する。
 よくよく見るとメニューに書いてある
 ビールがとても高級だということが
 わかった。
 
「ビールのサイズは何にいたしますか?」

「あ、サイズですか?」

「俺はLサイズで。」

(自分で金出さないからって
 遠慮がないな、おい。)

「あ、んじゃ、俺もLサイズで。」

「はい、かしこまりました。
ご注文繰り返しますね。クラフトビールのピルスナーとペールモールをLサイズをお1つずつ、あらびきソーセージお1つ、マルゲリータピザをお1つですね。」

「はい、そうです。」

「ご注文、承ります。
 しばらくお待ちください。」

 店長はメニュー表をテーブルの
 スタンドに立てかけた。

晃は改めて、メニューを確認して
ビールの値段をチェックした。

(げっ、Lサイズ1350円もすんの?高いな。
 まぁ、その分旨いんだろうけど。
 にしても、智也平然としてるし。
 どんなメンタルしてるんだろ。 )


「いやぁ、本当、小松さんのお嫁さん。
 可愛かったっすね。
 どこで知り合ったんですか?」


「そんなことないと思うけど。
 知り合ったのは、前の職場だよ。」

「社内恋愛ですか。羨ましいっすね。
 俺は、会社の人は
 絶対手を出したくない派ですから。
 よく行けましたね。
 ガンガンと。」

「いや、そこまでガンガンはしてないけど、
 自然の流れだって。」


「だって、同僚にバレたら
 気まずくないですか?」

「まぁ、そうなることを恐れて
 引っ越してここにいるんだけどな。」

「あー、なるほど。
 んじゃ、元職場の方々は
 お2人が結婚されていることは
 知らないってことですか?」

「ま、そんなとこ。」

「お待たせしました。
 クラフトビールのエスピナーと
 ペールエールです。」

「お、来た来た。
 んじゃ、乾杯しようか。」

晃は650ML入った大きなジョッキを持って
智也と乾杯した。


「くぅ。旨い。」

「あー、美味しい。」


 仕事をやり切った後の
 ビールは最高だった。
 今日は体の調子はいいのかもしれない。
 日によって苦すぎる時もある。
 
 さすがは高級クラフトビールは
 期待を裏切らなかった。

 
「そういやさ、俺が入る前にやめた人って
 何でやめたの?」

「小松さん、中途採用ですもんね。
 定年退職ですよ。
 ご高齢でしたので、
 デジタル業務に耐えきれず、
 65歳なる前にやめました。
 再雇用で勤めることも
 可能だったんですけどね。
 体力がないから
 もっと簡単な仕事がいいって
 話ですよ。」

 あらびきソーセージを食べながら
 言う智也。

「そうなんだ。」

「確かに最近の業務は
 パソコンの仕事も増えましたもんね。
 インボイス制度とか導入されますから
 指一本業務ではついていけないっすよ。」

「え?キーボードを指1本?
 今時いるの?」

「いますいます。
 アナログが好きなんだって、
 未だにスマホ持てなくて
 ガラケーだったんすよ、その人。」

「あちゃー、大変だね。
 時代が変わって、
 もうデジタル使えないと
 仕事もできないもんな。
 昔の古き良き時代は終わったな。」

 晃は、チーズがたっぷり乗ったピザを
 一切れつまんだ。

「うまっ。あー、外食、
 マジで久しぶりだ。
 最高。」

「ん?奥さんと外食しないんですか?」

「まだ比奈子が小さいじゃん。
 外食は疲れるから嫌だって
 果歩が言うから
 出前とかお持ち帰り弁当とかだよ。
 こうやって外で食べるのは
 今の結婚前だわ。」

「……前の奥さんってことっすか?」


「あ、それ、聞いちゃう?」


「言いたくないなら、
 言わなくてもいいっすよ?」


「智也〜、聞いてくれるか?」


(うわ、話めっちゃ長くなりそう…。)

 智也はビールをチビチビ飲みながら
 晃のロングランの話をコンコンと聞いた。


 約1時間後、
 案の定、晃は飲みすぎた。

 肝臓が強いはずの晃は
 珍しく酔い潰れた。

 言いたいことを吐き出して
 すっきりしたようだ。

 テーブルに体を委ねていた。

「小松さん、色々私生活で
 大変なのわかりますけど、
 飲み過ぎって、大人なんだから
 しっかりしてくださいよ。
 これだからおっさんは。」

 智也は晃の左腕を右肩に乗せた。

 お店の人にタクシーを頼む。

「おっさんって言うな。ゲフッ。
 3つしか違いないだろ。」

ゲップを吐く。

「聞いてたんすか。」


智也は晃と一緒にタクシーに乗って、
運転手に小松家の目的地を伝えた。


いびきをかいて眠ってしまっている。



タクシーが家の前に着いて、
智也はインターフォンを鳴らした。



「ああ、もう。今、寝かしつけ終わったのに
 チャイム鳴らすのは、誰かな。
 比奈子起きちゃうじゃない。
 あ…。」

 果歩はインターフォンのカメラを覗くと
 昼間会った智也の姿が見えた。
 横には酔い潰れた晃がいる。


「こんばんは。すいません、旦那さん
 酔ってしまって、連れてきました。」

「今、行きます。待っててください。」

玄関の扉をガチャと開けた。

白のひらひらワンピースを着ていた果歩は、
比奈子が起きないかと気にしながら、
晃を引き取った。
玄関にとりあえず横にさせた。

「本当、申し訳ないです。
 酔い潰れるまで飲むなんて…。」

「良いんです。俺が誘ったんで、
 何か、久しぶりで嬉しかった
 みたいですから。
 それじゃぁ。」

お礼を言おうと追いかけて
厚底サンダルを履き進んだら、
思いかけず、体が斜めに
なって転びそうになった。

「おっと、大丈夫ですか?」

 智也はは、転びそうになる果歩の
 思わず胸のあたりを支えてしまった。


「あ、す、すいません。
 そんなつもりじゃ…。」

「あ、いいんです。
 私が転びそうになったのが悪いので、
 支えてもらって…。」

 体を起こし、
 髪をかきあげて後退する。
 ぺこりと頭をさげた。

「ありがとうございます。」


「いえ。お子さんのことも
 大変かと思いますが、
 晃さんも子どものように
 構ってやってくださいね。
 失礼します。」


 晃から過去の出来事を長く聞いた智也は、
 果歩が晃を大切にしないと
 また同じことの繰り返しなんだろうなと
 同情を感じてしまった。

「は、はい。わかりました。」

 晃の横で肩をおさえながら
 返事をする果歩。

 なんでそんなことを言うんだろうと
 思いながら晃の腕を肩に乗せて寝室に
 連れて行った。

「もう、こんなに酔い潰れなくても…。」

 ベッドにドサっと寝かせた。

「果歩ぉ〜。」

 晃は果歩に覆い被さってくる。

「お酒臭い〜。」

「大好きぃー。」

かなり酔っている。

「臭いの嫌。」


「そんなこと言うなよぉ。」

寝室の扉から声が聞こえてくる。
リビングの
ベビーベッドで寝たふりをしていた比奈子は
ベッドの柵をにぎりしめながら
遠くから様子を伺っていた。


(こう言う時、娘のことは思い出さないの?
 なんか、見たくないもの
 見せられるのかな…。
 いや、どちらかと言えば声か…。
 はぁ。)

 比奈子は、ため息をついてストンと
 腰掛けた。

 (子どもは一線を越えられないもんな。
  一緒にいられても、
  そこだけは無理だもんな。
  お母さんだよなぁ。)


 しばらくすると、
 寝室から果歩の喘ぎ声が聞こえてきた。

(ほら、やっぱり。嫌だな。
 聞きたくない。
 見たくない。)

 ふとんの中に潜り込んで、
 両耳を塞いだ。
 
 酔っ払ってるって言うのに
 元気がいいんだな。

 果歩も嫌だ嫌だと言いながら
 嬉しいんだ。

 子どもは無償の愛だ。
 絶対に縁を切れない関係性。
 確かに相性悪いとかで離れることは
 あるかもしれないが、
 遺伝子的にもそれを覆すことはない。

 
 この時間だけは存在したくないと
 絵里香の記憶がある比奈子は感じた。




目をつぶると
また白い空間に一瞬で飛ばされた。



「うわ、また出た。」

白髪で白髭のおじさんが現れた。

「本当にいいの?」


「何が。」


「赤ちゃんの状態で。」


「え?なんで、そんなこと聞くの。」


「かわいそうだなって同情してた。」


「は?!」


「大丈夫、そのうち、
 縁のある人会えるよ。」


「え?」


「あんたさ、結局、
 晃って人と相性は
 良くなかったんじゃないの?」


「そんなことないよ。
 10年以上交際して、
 結婚して8年も一緒にいたんだよ。」

「恋愛ってさ、付き合った年数とか
 期間じゃないのよ。
 どれだけお互いに好き合ってたかとか
 思い合っていたかとか。
 分かりあっていたかとかね。
 別れても好きな人って歌も
 あるでしょう。
しかも、不倫しちゃってるの
 あんただしね。」

「だって、あれはこっち
 振り向いてほしいとか
 私を見てくれないとか。
 いろんな想いがあって…。」

 手振り身振り説明するが、
 話をしているうちに自分ははっきり
 晃に会話しなかったことが
 原因なんだろうなと思った。

「今、気づいた。
 やっぱり、関係うまくいかなったのって
 自分のせいだった。」

「……ふーん。生きてる時に
 気づきたかったもんだね。
 ドンマイ!!」

「私、罰を与えられてるんだよね。
 願いが叶ったと勘違いしてたけど、
 本当は
 きっと、前世での記憶を持ったまま、
 反省しろっていう。
 今更謝っても戻らないし、
 同じ関係性は築けない。
 人を裏切った代償は大きいって
 ことだよね。」

「反省できていれば
 将来は安泰でしょうよ。
 まあ、まあ。
 もうすぐ、良いことあるからさ。」


「ねえ、じいさん。」

「神様です。」

「え!?神様だったの?」

「そう、今更聞かないでくれるかな。」

「神様にも名前あんでしょ。」

「五右衛門。」

「は?」

「だから、五右衛門。」

「なんで洋装の格好で五右衛門だよ。
 和服を着なさいって。」


「今、コスプレーヤーに貸してんの。」


「どこぞのコスプレーヤーだよ?!
 あんたの服を何が悲しくて
 着なくちゃないの?」


「プッ。受けるぅ。」


「笑ったなあ?!」


「んじゃ、そーいうことで。」


「何も解決してないけど??
 ちょっとー、話終わってないって。」

生後8ヶ月の比奈子の格好で絵里香は叫ぶが、
元の世界に戻ってしまった。



またベビーベッドの上。

比奈子の赤ちゃんの体力では
疲れやすいのか
眠くなってきて
コテンと寝落ちしてしまった。


晃と果歩は、
2人とも満足した表情でそのまま
ベッドの上で眠っていた。

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