ソネットフレージュに魅せられて

第18話

真っ赤な夕日が照らされる通学路。

部活を終えた生徒たちが、行き交う校門前に雪菜は昇降口からゆっくりと松葉杖をついて、歩いていた.

じゃあなと声を掛け合う生徒たちを横目に進んでいると、ふと急に持っていた荷物が軽くなった。

「ん?」

 前を見ると、持っていたバックを手に持つ凛汰郎の姿があった。

「え。」


「どこまで?」


「え、いいよ。すぐ迎え来るし。」


「持つから。どこ?」


「あそこの校門近くに迎え頼んでた。」

 雪菜は校門を指差した。


「わかった。」


「ごめん、ありがとう。」


「…ああ。」


3歩ほど前に歩きながら、恥ずかしそうに
雪菜の荷物を運んでくれた。

ちょっとした仕草が嬉しくて
言葉が出なかった。


「雪菜!
 今、帰り?」

 部活で汗をたっぷりかいたであろう姿で
 雅俊が後ろから駆け出した。

「う、うん。」


「あー、それ、俺、持つっすよ。
 家、近いんで。」

「あ……。」

 雅俊は凛汰郎から有無を言わせず、
 雪菜のバックを取り返す。
 凛汰郎は小さな音で舌打ちした。

 左肩に自分のバックと雪菜のバックを
 背負う雅俊は、雪菜の隣に寄った。
 かなりの至近距離で、
 凛汰郎は面白くない顔をした。


「今日、親父さん迎えに来るの?」

「うん。そうだね。
 雅俊、自転車じゃないの?」

「俺、今日寝坊して、車で乗せられてきた。
 ねぇ、俺も乗せてくれないかな?」

「えー、図々しいなぁ。
 でも、バック持ってくれるなら、
 お礼しないといけないかな……。
 お父さんに聞いてみるけど。」

「やったぁ。ラッキー。
 あ…、先輩、ありがとうございます。」

 なぜか、雅俊は凛汰郎に
 お礼を言っていた。

「………。」

 凛汰郎は不機嫌になって、
 足早に立ち去っていく。

「あ、凛汰郎くん、ありがとう!!」

 雪菜が思い出すように叫んだ。
 手をパタパタと後ろ向きに振られて
 歩いていった。

「全く、雅俊、タイミング悪すぎ…。」

「なんだよ、俺のせいかよ。」

「うん、雅俊のせい。」

「雪菜、あいつのこと好きなのかよ?」

「……教えない!」

 口をふぐのように膨らませて、スタスタと校門にとまっていた父龍弥の車に乗り込んだ。

「お父さん、
 雅俊も一緒に乗せて欲しいって
 言うんだけど、良いかな?」

「え、それって、
 ダメとかって断れないんだろ。
 別に乗ればいいだろ。
 助手席に乗れって言っといて!」

 顔が厳しくなった龍弥。
 雪菜の隣には乗せないぞと思っていた。
 
「すいません。
 お願いします。」

 お辞儀をしながら、雅俊は助手席に
 乗り込んだ。

「どぉうぞ。」

「おじさん、意外にも車綺麗に
 扱ってるんすね。
 見直しました。」

「誰目線だよ、誰の。
 ほら、シートベルトしてよ。」

「はいはい。
 すいません。
 できました。
 大丈夫っす。」

 龍弥はシフトレバーを PからDに変えた。

 生徒たちが歩く通学路を尻目に
 車を走らせた。

 少し小雨が降っていて、ワイパーを動かさないと見えないくらい細かい雨だった。

「今日は、無事に部活に参加できたのか?」

「うん。見学だったけど、
 後輩たちの指導もできたよ。」

 松葉杖を両手でおさえて、
 窓を見ながら答えた。

「え、それって、俺に聞いてたんですか?」

「聞いてないけど、聞いてほしいのか?」

「はい!!」

「んで、どうだったんだ?
 サッカー部のくせに帰宅部くんは。」

「失敬な。帰宅部じゃないっすよ。
 たまに参加してるって感じですけど。
 今日は頑張って試合に出ましたから。」

「真面目に参加しろよ。」

「仕方ないっすよ。
 うちで親にバイトしろって
 うるさいんですから。
 部活の併用は厳しいんですから。」

「なんだ、サボりの帰宅部じゃないのか。」

「そもそも、なんで帰宅部って
 知ってるんすか。」

「ん!」

 運転席に座る龍弥は後部座席の雪菜を
 指さした。

「雪菜、なんでおじさんに言うのさ。」

「バイトしてるって知らなかったから。
 サッカー部のなんちゃって
 帰宅部だと思って…ごめんね。」

「ちぇ……。俺、意外と真面目なんすよ?
 心外だなぁ。」

「悪い悪い。
 齋藤家も大変なんだなぁ。」

「お金ないわけじゃないんですけど、
 自立してほしいって気持ちが強いっす。
 うちの両親。
 こんなかわいい息子を世の中に
 出すなんて。」

 自分の体をハグして言う。

「どこの誰がそれ言う?
 かわいいのか?」

「本当、コンビニのバイトしてるんすけど、
 いろんな人いるじゃないですか。
 大変ですよ、本当。
 素敵なお客様対応とかね。
 俺、頑張ってると思う。うんうん。」

「お疲れさん、ほら、着いたぞ。」

外に出て、バタンとドアを閉めた。

「あ、あざーす。
 マジ助かりました。」

「俺も挨拶行くから。
 雪菜、ちょっと行ってくるから
 荷物は俺が運ぶから先に中入ってて。」

「はーい。」

 龍弥は雪菜に声をかけると、
 雅俊の背中を押して、隣の家の齋藤家に
 入って行った。


「ただいまー。」

「お邪魔します。
 お世話さまです。
 隣の白狼です。」

「あら、白狼さん!
 どうしたの?
 雅俊と一緒で。」

 雅俊のおばあちゃんの節子が
 中からエプロン姿でやってきた。

「さっき、娘と一緒に車で送らせてもらいました。今、娘の雪菜けがしてて
 荷物持ってくれたらしくて、
 助かりました。
 ありがとうございました。」

「いやいや、いいんですよ。
 大したお手伝いできないですが、 
 どんどん使ってやって。
 雪菜ちゃん、お大事にね。
 白狼さん、お土産。
 梨買ってたから、ぜひ。どうぞ。」

 節子は台所から慌てて持ってきていた。
 かごにこんもりと入れた梨を龍弥に手渡した。

「いつもありがとうございます。
 ごちそうさまです。」

「いいの、いいの。
 いつもお世話になってるから。」

「それじゃぁ、失礼します。」

「こちらこそ、どうもねぇ。」

 手を降って別れた。
 いつの間にか、雅俊は自分の部屋に
 駆け出していた。

 玄関先でモタモタと靴を脱ぐのに
 困っていた雪菜がいた。

「何してんのよ。ほら。」

 言われる前に
 龍弥はテキパキと雪菜の靴を脱がした。

「ありがと!脱ぐの大変だった。」

「黙ってないで助けてとか言えばいいだろ。
 ほら、齋藤家から梨頂いたぞ。」

カゴに乗った梨を雪菜に見せた。

「言えるわけないじゃん。
 そうなんだ。美味しそう。」

 小声で話す雪菜。聞こえなかった龍弥は
 そのまま奥の方に入って行った。

 親子と言えども、
 高校生というある程度年齢を超えると
 素直にお願いごともできないこともある。

 複雑な思いだった。


 久しぶりの学校でどっと疲れた雪菜は
 食べることよりも睡眠欲が勝ったらしく
 そのままベッドに横になっただけで、
 朝になっていた。


 熟睡していたようで
 起こしても起きなかったと母の菜穂は
 言っていた。

 
 雅俊と凛汰郎の板挟みが
 何となく頭に焼き付いて
 離れていなかった。


 夢にも出てきたくらいだった。

 
 





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