ソネットフレージュに魅せられて

第20話

コオロギが静かに鳴いている。
秋の虫が増え始め、昼間の暑い時間が
だんだんと短くなってきた。

学校の教室。
季節問わず、今は風邪をひく生徒が
いるためか、何席か空いている。

朝は涼しくなってるとは言えど、
日中はまだまだ30度を超えている。

うちわやせんす、下敷きで仰ぐ生徒が
ところどころいる教室に龍弥は、
数学の授業をしていた。

「この二次関数の問題は次のテスト
 で出すから公式をしっかり覚えて
 おくんだぞ。」

黒板に例題をスラスラと書いて、
教卓の上に重ねて置いたプリントを
配り始めた。

「まだ時間あるから、今日はこのプリントを解いて終わりな。」

5列に並べられた机の先頭に
それぞれ5枚ずつ配った。

「先生!欠席の人の分で余りました!」

「ああ、悪い。今、取りに行く。」

 龍弥は、座席の間を通り抜けて、
 取りに行く。
 途中、相変わらず、板書をせずに
 頬杖ついて、
 龍弥をずっと見ている杉浦美琴がいた。
 もちろん、龍弥自身も教師として
 困っていた。

 龍弥が通りかかろうとするとわざと
 消しゴムを
 床に落とした。

「あ…。」

「杉浦、消しゴム、落ちてるぞ。」

拾ったのは龍弥でなく隣の席の
大野康孝《おおのやすたか》だった。
杉浦は消しゴムを拾って舌打ちをした。
本当は先生に拾ってほしかった、

「なんだよぉ。せっかく拾ったのに。」

「どうした?」

「なんでもないで~す。」

杉浦は笑顔で振り切った。
大野に対しては怖い顔で睨みつける、
大野は面白くない顔をして黙っていた。


なんとなく状況を読めた龍弥は、
大野のそばに近づいて、
肩をそっとなでた。

「ありがとうな、大野。」

具体的には言わなかったが、
察したようだ。

「俺は平気っす。」

龍弥は、杉浦の行動に手を焼いていた。
そろそろ、収束させないとと思いながら、
授業を終えた。


「起立、注目、礼。」

終了のチャイムが鳴る。
教室内の椅子がガンガンとあたる音が響く。


「杉浦! ちょっと。」

龍弥は、手招きして杉浦を呼んだ。
階段の踊り場で話し始める。

「最近もまた、授業態度がよろしくないぞ。」

「えー、別にいいじゃないですか。
 テストは高得点とってるわけだし。」

「確かに点数とれてるのはいいと思うよ。
 でもさ、ここ学校だし、教室だから、
 規律を守ってもらわないと!」

「そういいますけど、先生が高校生の時は
 どうだったんですか?
 私みたいのはいっぱいいたんじゃないですか?」

「……確かにいたかもしれないけど、
 過去と今は違うだろ?
 さっきの消しゴムの件も、見てたからな。
 わざとだろ?」

 出席簿を軽く杉浦の頭に乗せた。

「げげ、見られてた。
 だって、先生に拾って
 ほしかったんだもん。」

「そう、そういうの本当に
 やめてもらえる?」

 杉浦は龍弥のワイシャツをくいっと
 引っ張る。

「えー、やだやだ。
 私、先生のこと好きなんだもん。
 相手してほしくて、そうするの。
 わかってよ。」

「杉浦、俺、教師。
 お前は生徒。
 それに結婚してるから、無理。
 好きになるのはうれしいけど、
 受け入れられないよ?」
 
 杉浦の鼻を指さし、自分の顔を指さす。
 持っていた教科書類を持ちかえて
 左手の薬指につけた指輪を見せつけた。

「やだやだやだ。」

 小さなこどものように駄々をこねる。
 杉浦はどさくさまぎれに
 龍弥のおなか周りをハグした。

「だからさぁ。
 タイムスリップでもして、
 俺の高校生の時に現れて!
 今は本当に無理。」

「え、高校生の時に会ってたら
 付き合ってた?」

「んー-、可能性はゼロじゃないけど、
 今の嫁さんもいるから見込みは少ないかな?」

「むー---…。
 結局無理じゃん。」

「ほらほら、次の授業始まるぞ。
 こんなおじさん相手にしないで、
 身近なクラスメイトとか
 学校の先輩とかにしろよ。
 俺にかまうな?な?」

「先生みたいな、かっこいい人いないもん。
 好きになれないし。
 もっさい人好きじゃないし。」

「人を見た目で判断するなよ。
 外見はいくらでも変えられるんだぞ。
 もっさい人だって、
 こんなふうになるんだから。
 って、俺の場合はあえて地味なかっこうに
 なってたんだけどな。
 地味な人ほどかっこよくなるのを見たら
 おもしろいぞ?」

「なるほど。
 そういう手があったか。
 私色に染めるってことね。
 ってことは、大野がちょうどいいな。
 めがねかけてるし、
 髪のこと全然気にかけないし。
 やってみようかな。」

 半ば気持ちが大野に
 シフトチェンジしたようで
 スキップして教室に戻っていく。

 龍弥はその姿を見て安堵していた。
 お年頃の高校生を納得させるのも
 至難の業だと思った。


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