魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉

子爵家の魔女

 ばしゃっと水が零れる音がした。

 気付けば自分の前に広げられた料理に水が掛かり、台無しになっていた。
 しかもメインの肉料理。

 最悪だ。

 エスティラは隣に座る弟を睨みつける。

「おっと、すみません。手が滑りました」

 わざとらしさ満載で弟のウォレストは言う。

 それを見て向かいに座る従姉妹のリーナは嘲笑する。
 しまいには向かいの席から料理の中の人参が飛んでくる。

 浅くフォークで刺してフォークを振るって人参を的確に飛ばして来るのだ。

「エスティラ、行儀が悪いわよ」

 リーナは飛ばした人参を指して言う。

 あーあー、勿体ない。

「全く、エスティラ。あなた、食事のマナーも分からないの?」

 叔母のセザンヌは呆れた声でエスティラを見やる。

 行儀が悪いのもマナーがなってないのも貴女の娘ですけどね。
 こんな状況を見ても当主席に座る叔父はリーナとウォレストの行いは見て見ぬフリ。

 エスティラは溜息をついて手にしていたナイフとフォークを置いた。

「今日は大事な話がある。来月開かれる舞踏会に全員で出席することが決まった」

 一通り食事を済ませた叔父がナプキンで口元を拭いて話始める。

「全員? まさか、エスティラも連れて行くのですか⁉」

 リーナはあからさまに不愉快だと感情を顕わに声を上げる。

「俺も反対です叔父様。舞踏会に連れて行くなんて冗談じゃない」
「そうよ。エスティラが社交界で何て呼ばれてるかご存じでしょう⁉」

 声を張り上げて同行を反対するリーナに叔父であるロマーニオは大きな溜息をつく。

 子爵家の魔女、エスティラ・ルーチェ。
 エスティラはそう呼ばれていた。

 一族では誰もいない黒い髪、珍しい緑色の瞳、人見知りで暗い性格、心許せるのは動物と草花。
 ついたあだ名が子爵家の魔女である。

 雰囲気が魔女っぽい。それだけ。

「聖女と聖獣と信仰するこの国で魔女などと不名誉なあだ名を付けられているんですよ⁉ こんな人と夜会に出席しろと仰るの⁉」

「これは王命で決定事項だ。覆すことはできん」

 その言葉にリーナは愕然とする

 愕然としたいのは私の方なんだけど。

「聖女を据えろとの信託が下った。舞踏会は聖女を選ぶ場になるだろう」
「じゃあ、もしかして私が聖女に選ばれるかもしれないってこと?」
「あぁ。お前は昔から信仰心が強く、心が清らかな娘だからな。きっと聖獣がお前を選ぶことだろう」

 心が清らかな娘が嫌がらせで人参を飛ばすかな。

 食事のマナーどころか食べ物の冒涜だ。

「エスティラ、お前は家門に恥をかかせないように大人しくしているんだ」
「分かりました」

 家門の恥?
 どの口がそれを言うのかしら。

 エスティラは腹立たしさで膝の上に置いた拳を震わせる。

「お話は以上でしょうか。済んだのでしたら失礼します」

 エスティラは一人、半分も食べていない料理を残して退室した。


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