魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉

 ふと顔を上げるとミシェルと二人の騎士が驚いた様子でエスティラ達を見ていた。
「驚きました……まさか、アーニャが……聖獣自ら人間の治療をするとは……」
 青い髪の騎士が途切れ途切れに言う。
 え、そんなにびっくりすること?
「それだけじゃない。一人の人間にこんな沢山の聖獣が集まるなんて……。それも、彼らには既に契約した主がいる」
 確かに、改めて見ればエスティラ一人を竜、鷲、犬、兎が取り囲んでいる状態である。
 鬼でも退治しに行けそうだ。行かないけど。
「ご令嬢は聖獣士なのかな?」
 ミシェルの探るような視線を振り切るようにエスティラは首を横に振る。
「動物に好かれやすい質でして……」
 エスティラはミシェルから目を逸らしたまま答えた。
 視線も痛いのだが、あの美しい顔に見つめられていると思うと変に緊張してしまう。
「先ほどの件はどうなりましたか?」
 エスティラは話しを逸らしたくて話題を変える。
 というか、この場で真っ先にしなければならない話はそれだ。
「結論から言うと君の言う通り、僕のグラスにだけ毒が入っていた」
 その言葉に驚きつつも、安心する。
『だから言っただろ? 俺の鼻は確かなんだ』
「うん、流石だわ」
 エスティラはクルードルの頭を撫でる。
 何の躊躇いもなくクルードルを撫で回すエスティラに三人は目が点になっている。
 え、一体その驚きようは何なのよ。
「犯人は捜査中だけど、目星は付いている。あとは共犯者を炙り出すだけなんだけど」
 ミシェルの言葉にエスティラは息を読む。
「君が共犯者でない証拠はあるかな?」
 何だか不思議な問われ方だなとエスティラは思った。
「……ありませんが、私があなたに毒を盛る動機もありません」
「君は何故、僕のグラスに毒が入っていると分かったの?」
 ですよね。
 絶対に聞かれると思ってました。
「立ち聞きしました」
 エスティラは堂々と答える。
「どこで?」
 膝の上にいるロンバートに視線で訴える。
『客室だ』
「客室です」
「どこの?」
『よく覚えてない』
「すみません、慌てて正確に思い出せません」
「いつ聞いたの?」
『国王が長話したすぐ後だ』
「国王陛下のご挨拶が終わった後ぐらいでしょうか」
 エスティラはロンバートから聞いた言葉を補正してミシェルの質問に答えた。
「一人で抱えるには大きすぎる話でした。誰かに伝えなければと思いましたが、私の言葉を信じてくれる人はほぼいません。期待できるとすれば弟です。弟を探しに会場へ戻りましたが、見つからなかったので自分で行動に移しました」
 バレるわけにはいかない。しかし濡れ衣を着るわけにもいかない。
「なるほどね。ありがとう」
「へ?」
 あまりにも取り調べがあっさりしていたのでエスティラは拍子抜けする。
「…………犯人扱いされたいわけではないですが、あっさりし過ぎではないですか?」
 もっとあれこれ質問されて、自白するまで精神的にキツイ状態に追い込まれたりするのかと思ったけど。
「現時点で君に僕を殺す利点はないし、物的証拠もないからね。毒殺計画を立ち聞きしたという君の言葉を信じれば君の行動に矛盾はない」
 ニコニコと愛想の良い笑みが何だか胡散臭いように感じるのは気のせいか。
「命を救ってくれたお礼をしよう。何でも良いよ。お金、宝石、ドレス、家。僕の命を救ったのだからこれくらいのお礼はしなければ」
 いやいやいやいや。
 確かに、彼は現国王の弟で王族の公爵だ。
 尊い身には変わりないが、お礼のスケールが大きすぎるでしょ。
「いえ、そんな高価なものは頂けません」
「君は僕に命を救ってくれた恩人にお礼もしない恥知らずな人間にするつもりかな?」
 にっこりと笑顔を浮かべてミシェルは言う。
 あぁ……キラキラが目に痛い。
 流石、国中の女性が憧れる貴公子だ。
「ロンバート、あなた達は何か欲しいものないの? 何でも良いって」
 エスティラは小声で囁く。
「私よりもこの子達に何かしてあげてください」
「聖獣達に?」
 不思議そうに首を傾げるミシェルにエスティラは頷く。
『おい、主はお前に聞いてるんだぞ』
「彼の身を案じて動いたのはあなたとあなたの仲間よ」
 エスティラはロンバートに頼まれたから致し方なく協力しただけだ。
 ぎりぎりまで協力するかどうかも悩んだし、躊躇った。
 人助けを躊躇した自分よりもパートナーの危機を泣きながら知らせ、嫌いな人間に頭を下げたロンバートが心配した気持ちの分だけ、お礼を受け取れば良いと思う。
『俺は物よりももっと遊んで欲しいぞ』
「ロンバートはあなたとの時間が何よりのご褒美のようです」
『あたしゃ、人参料理がいいねぇ。生は嫌だよ』
「アバーニャは人参料理はいかがでしょうか。兎さんですし、生以外のものも良く食べてくれると思います」
 聖獣となると兎といえど兎じゃないわね。
 アバーニャがナイフとフォークで白い皿に乗る人参料理を食しているところを想像しておかしくなる。
「わ、分かりました。最近、人参の食いつきが悪かったので料理で出してみましょう」
 青い髪の騎士は少し驚いたように言う。
『私は風呂に入りたい。毎日でも良い』
「クルードル、少し毛が汚れているわね。綺麗な毛並みや健康のためにお風呂は欠かしちゃいけないわ。聖獣は綺麗好きと聞きます」
「初耳です。この子の主にそのように伝えます」
 私もです。
 毎日風呂に入りたがる犬なんて知りません。
『俺は寝床を新しく欲しい』
「ルイーゼウは寝床を新しく整えてはいかがでしょうか。鷲は睡眠に重きを置く生き物ですし」
「そうだったのですね。今の寝床は確かに古くなりましたからこの際、全て新調しましょう」
 私も知りませんよ、鷲のこだわりなんて。
 皆の要望は受け入れてもらえそうだ。
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