魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
「…………そんなこと……あるわけが……」
 エスティラは背中に冷たい汗を流した。
 普通に考えて動物の言葉が分かるなんて有り得ない。
「普通に考えれば有り得ないよね。僕ら聖獣士ですら、聖獣と言葉を交わせるのは契約時のみだと言われているのに」
「そうです。それなのに聖獣士でもない私が彼らの言葉を理解できているなんて発想になるんですか?」
 エスティラは平生を装う。
「君はこの子の名前を知っているよね? ロンバートだ」
「…………? はい。存じておりますが…………」
 それが一体なんだと言うのだろうか。
『あっ!』
 そこでロンバートが何かを思い出したかのような顔をする。
「この子の名前はロンバート。君はどうやってこの子の名前を知ったんだい?」
「どこって……それは公爵様がそう…………あっ!」
 そこまで言って分かった。
 ミシェルはロンバートをロンと愛称で呼んでいることを。
『おい、俺達聖獣は』
「愛称以外で呼ばせない」
 ロンバートの言葉に繋がるようにミシェルが述べた。
「聖獣達は契約時に愛称で呼ぶことを強いる。故に、本来の名前で呼ぶ者はいない。本来の名前を忘れている者もいるくらいだ。それなのに君はロンだけでなく、他の聖獣達の名前までも知っている。一体、どうやって知ることが出来たんだい?」
 エスティラは顔を青くした。
「そんな話は……」
 初耳だ。
 エスティラはは聖獣達が名乗った名前をそのまま呼んだだけだ。
 世の中の一般的な認識では愛称とは親しい者同士が呼び合うもので、付き合いの浅い、出会ったばかりの聖獣達の名前を愛称で呼ぶことは憚られる。
 というのがエスティラの考えであった。
 愛称で呼ぶのはいくら何でも失礼だろうと思ってたのに、まさかそれが逆に裏目に出たなんて…………!
 そもそも聖獣達はエスティラに愛称で呼ぶように言わなかったのだから本来の名前で呼ぶのが当然なのだが。
「答えは君が聖獣達から直接聞いたより他ない。そうでしょ?」
 そうですね、えぇ。その通りです。
 詰んだ。
 人に知られると厄介なことに巻き込まれると思って今まで隠して来たのに。
「大丈夫、心配しないで。悪いようにはしないよ」
 小説の中で悪党がよく言う台詞だ。
 大体、この台詞を吐く悪役は悪いようにするのだ。
 しかし、悪役だろうが何であろうが、エスティラにはもう選択肢はない。
 この話を蹴れば、別の誰かに捕まり、悪事に関わることになるかもしれない。
 それであれば、公爵様の命令に従って密猟者に正義の鉄槌でも食らわせた方が良いわ。
「分かりました。条件を飲んで頂けるのであれば公爵様に協力します」
「話が早くて助かるよ。生活の保障以外にも要望があれば言ってね。叶えられるものは叶えるつもりだから。ドレスでも宝石でも」
 衣食住と給金までもらえるのにこれ以上の贅沢品は今のところは考えられない。
 それにしてもどれだけお金が有り余ってるのよ。
 エスティラは呆れ半分、羨ましさ半分で溜息をつく。
 この人の前にいると大きな身分の差を肌で感じるわね。
 気持ちだけもらっておこう。
「ありがとうござ…………あ」
 要望、という言葉でエスティラははっと思い出した。
「あの、さっそくなんですが、一つお願いしたいことがあります」
「何だい?」
「ルーチェ家の調理場に穴を開けて欲しいんです。鼠が通れるぐらいの穴を、目立たないように」
「………………穴?」
 ミシェルは何故に穴? という顔で首を傾げた。
 その後、昼間の脱出劇に漢らしい鼠が関わっていることと、その恩を返さなければならないと話すエスティラをミシェルは興味深そうに見つめていた。
< 30 / 39 >

この作品をシェア

pagetop