魔女と呼ばれた子爵令嬢、実は魔女ではく聖女でした⁉
洗濯場をカーティスから教えてもらったエスティラは早速作業に取り掛かる。
 洗濯場を使うのは主に城に従事するメイド達だが、誰でも使用することができるという。
 エスティラは大きなたらいに水を張り、石鹸を泡立てて丁寧に汚れを落としていく。男性用の騎士服は水を含むとずっしりと重く、その重みがこの騎士服
に課せられた役職の重みに感じる。
 何度も何度も洗い残しがないか確認して、最後は綺麗な水で全体を濯いで洗濯を終えた。
「ふう」
 エスティラは額に薄っすらと浮かんだ汗を袖で拭う。
 流石に量が多くて疲労感を身体が訴える。
 しかし水や石鹸に使用制限がないため、かなり綺麗にすることができた。
 物干し場に干し終えた頃には達成感で一杯である。
 それにしても…………。
 エスティラは地味な嫌がらせをしてくる赤髪の騎士に対して怒りを募らせていた。
 名前も知らない人間に何故、こんなことをされなくてはならないのか。
 エスティラは物干しにしわなく干された白い騎士服に視線を向ける。
 本人のもの……な、わけないな。誰かのものか……いや、持ち主なんていないのかも。
 それでも自分と同じ騎士のための服をこんな風にわざと汚すなんて……。
「可哀想ね、あなた」
 エスティラは日の光に晒された騎士服に話しかける。
『ごめんなさいね』
 ふと、エスティラの背中に声が掛かる。
 それも謝罪の言葉だ。
 振り向くがそこには誰もいない。
『ここよ、ここ。こっち』
 声はエスティラの目線よりもずっと下の方から聞こえてきた。
 地面に視線を落とすとそこにいたのは先ほどの赤髪の騎士の肩に乗っていた白い猫だ。
「あら、あなたはさっきの」
 意地悪男の聖獣じゃないの、とは言わなかった。
 何故ならこの聖獣猫が酷く申し訳なさそうにしているからである。
『私はマリアンヌ。その騎士服をあなたに渡した赤髪の騎士、アルス・クランドの聖獣よ』
 猫聖獣マリアンヌは丁寧に主人の分まで自己紹介してくれた。
 そうか、あの赤髪の騎士はアルスというのか。
 クランド家……確か、あの家は息子が三人いたはず。
 クランド家は男爵家で騎士となったということは次男か三男だろう。
「私はエスティラ・ルーチェです。お見知りおきを」
 エスティラも名乗り、小さく頭を下げた。
『あなたのことはロン達から聞いているわ。本当に私達の言葉が分かるのね』
 感心したようにいうマリアンヌにエスティラは頷く。
 どうにもミシェルの聖獣ロンバートが仲間の聖獣達にエスティラのことを話して回っているらしい。
「あなたの主、どういうつもりで私にこんなことをさせたのかしら?」
 マリアンヌに文句を言っても仕方がないが、もし理由を知っているなら聞いておきたい。
『本当にごめんなさい……あなたに直接恨みがあるわけじゃないの。あの子が好きな女性がロンバートの主に惚れていて……あなたが彼の近くにいるのが気に入らないみたいなの……』
 何だ、その理由は。
「ちょっと待って。それならあなたのご主人的にはラッキーなんじゃないの?」
 その女性が誰かは知らないが、女性とミシェルを妨げる障害物であるエスティラに感謝しても良いぐらいだ。
『違うのよ。アルスが好きな女性があなたを邪魔に思ってるの。だからあなたに嫌がらせをして追い出せば彼女が喜ぶと思っていて……』
 そう言ってマリアンヌは項垂れる。
 なるほど。
 好きな女のための点数稼ぎか。
 それを聞いた途端にどっと肩が重たくなった。
 阿保らしい。
 ミシェルは公爵だ。
 結ばれるのは高位の貴族女性か他国の王女だろう。
 女性がミシェルを諦めればアルスに可能性はあると思っているのかもしれない。
「理由は分かっだけど、私に嫌がらせをするのはお門違いよ」
私は雇われただけで公爵様に恋愛感情はないのよ。
 そもそも他人の色恋沙汰に首を突っ込むつもりはないし、必要以上にミシェルに近づくつもりもない。
 既にこんな風に見ず知らずの女性から妬まれて被害を受けているというのにこれ以上近づいたらロクな目に遭わないに決まっている。
『本当に申し訳ないわ。昔は人に意地悪をするような子じゃなかったのに』
 そう言ってマリアンヌは猫背をこれでもかというほど丸めてエスティアに謝罪する。
 声にも表情にも元気がなく、マリアンヌの心労は相当のようだ。
 だけど、そんなに思い詰めないで欲しい。
「あなたが謝る必要はないわよ」
『側にいるのに止められない。見て見ぬフリは無責任よ』
 マリアンヌは自責の念にかられているようでなかなか下げた頭を上げようとしない。
 エスティラはそっとマリアンヌを抱き上げて高く掲げた。
 雲一つない青空を背景にするとマリアンヌがふわふわとした雲のようだ。
 その時、聖獣猫にしては少し毛艶が悪いのが気になった。
 まぁ、そういう日もあるわよね。
「そんなに思い詰める必要はないわ。彼はあなたの子どもでもなければあなたは彼の親でもない。そんなことを諭さなければならない年齢でもない。彼の行動は全て彼の自己責任よ」
『エスティラ……』
 マリアンヌは切なそうな表情で呟く。
 聖獣は契約した人間に対して深い情を持つ。
 マリアンヌもアルスに対して深い愛情があることがひしひしと伝わってきて、それが余計にエスティラの心を痛ませた。
「おい、何をしている?」
 不遜な声にエスティラは眉を顰めた。
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