偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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私の前では、彼はいつも優しかった。
そして、熱かった。
私を見つめる目、触れる手、重なる唇、身体。
言葉も。
「俺だけか!? 偽装なんて忘れてたのは、俺だけか!!? 俺だけが――」
違う。
私だって、偽装の関係だなんて思いたくない。
このまま、本物の恋人になりたいと思っていた。
「――お前と力登が愛おしすぎて苦しいのは、俺だけか……?」
『私も愛している』と、言いたかった。
力登ごと彼の胸に飛び込めたら。飛び込んでしまいたい。
何度もそう思った。
でも――――。
『父親の罪は父親のものだ。りとの罪じゃない』
登さんはそう言って、私にプロポーズしてくれた。
登さんのご両親も、私を受け入れてくれた。
それが、いつまでも自立しない息子の世話役が欲しかっただけにしても、私は嬉しかった。
その登さんが、言った。
『お前が犯罪者の娘だと知っても、あの男はお前を欲しがるかな――?』
背筋に汗が伝った。
冷たい、一筋の汗。
その汗が、私を夢から覚醒させた。
「やぁ、力登。パパだよ」
しゃがみ込み、私の足にしがみついて隠れる力登に向かって笑いかけるも、力登にとっては初めて会うおじさんだ。
ましてや『パパ』とは何かをイマイチ理解もしていない。
当然、力登は登さんから逃げるように、俯く。
「大人の男の人に慣れてませんから」
登さんが私を見上げ、一瞬不機嫌そうに顔をしかめた。
立ち上がり、所在なさ気に立ち尽くす男性を振り返った。
「何十年ぶりかの父娘の対面ですよ、お義父さん」
私は、私をじっと見つめる、生物学上の父親の視線から逃げるように、足元の息子を見下ろす。
ドアを開けるつもりはなかった。
家に入れるつもりも。
でも、入れた。
理人には、知られたくなかったから。
父親が犯罪者だなんて――。
不安そうに私にしがみつく力登を抱き上げると、彼に頬擦りした。
「なんの用ですか」
「疎遠になっていた父親が娘に会いに来たことに理由なんかないだろ」
登の言葉に、父が頷く。
十年ぶりに会う父親は、だいぶ印象が変わっていた。
痩せて、頬もこけ、昔のような逞しさや威圧感はない。
私と母が恐れた男の面影はどこにもない。
「可愛い、子だな?」
父が力登に手を伸ばす。
私は息子をぎゅっと抱きしめ、身を捩った。
触らせたくない。
父には。
父の手が、息子に触れることなく、力なく下ろされる。
「そんなに怯えなくても、もう――」
「――寝る時間なんです。帰ってください」
「まだ、九時だぞ?」
「力登は二歳です。いつもならもっと早く布団に入ってるんです」
「パパとお祖父ちゃんが会いに来たんだぞ。寝る時間が少し遅れるくらいなんだってんだよ」
付き合っていた頃の登さんは、こんな風に思い通りにならないからとすぐに苛立ったり、それを態度に出すような人じゃなかった。
力登が生まれてからだ。
私の世界の中心が、自分じゃなくなったから。
育児に疲れた私が、自分を顧みなくなったから。
「眠いから機嫌が悪いんです。これじゃ、懐くどころか嫌いになってしまいます」
私の言葉に応えるように、力登が私にしがみつく。
「ままぁ……」
チッと小さく舌打ちをして、登が背を向けた。
「すみません、お義父さん。今はタイミングが良くないようで」
「仕方ないですよ。子供は親の思い通りにならないものですから」