偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~



*****


「はぁ……」

 革張りのソファに身を沈め、俺は深いため息をついた。

 そして、部屋を見回す。



 やっぱり、全然違うな……。



 キッチンカウンターと高さを揃えたダイニングテーブルに、ハイチェアーは二脚。ガラスのローテーブルに、硬めのソファ。テレビとブックシェルフ。

 それだけ。

 モノトーンの部屋に温かみなんてない。

 それでいい。

 その方が、いい。

 必要ない。

 背をもたれ、天井を眺め、目を閉じる。



 疲れた……。



 ちょっと買い物に出ただけなのに、只野姫は押しかけてくるし、如月さんには出くわすし、如月さんの子供には懐かれるし、如月さんの夫まで現れるし。



 あ、元夫、か。



 どっちでもいい。



 いや、よくないな。



 登はまた、来るだろうか。



 来るだろうな。

 

 只野姫も諦めたかどうか疑わしい。



 めんどくせぇ……。



 俺は立ち上がり、洗面所で顔を洗った。冷水で。

 だが、何となく気が晴れなくて、シャワーを浴びた。

 バスルームの鏡に映る自分を見て、そう言えば、と思った。

 今日の俺は、只野姫が惚れた俺とは大分違った。

 秘書の俺に惚れたのなら、今日の俺を見てイメージが違うとは思わなかったのだろうか。



 無精ひげ姿なら、ドン引きしてくれたんじゃ……。



 次の休みは髭を剃らずにいようか。



 でも、その格好を如月さんには見られたくないな。



 ふぅっと息を吐き、首を回し、ハッとした。



 なんで、如月さんに会う前提なんだ。



 お好み焼きを食べた後、力登にせがまれてブロックで遊んだ。

 怜人も俺が家とか車とかヘリコプターを作ってやると喜んだことを思い出し、力登にも作ってやった。

 力登は大喜びして、如月さんは「私はこういうのうまくなくて」と作り方に興味深々だった。

 まだ遊びたいと言う力登に「またな」と言うと、次はいつかと聞かれ、俺は「仕事が休みの日」と言った。

 ただ、それだけ。

 次の休日、と約束したわけじゃない。

 約束したとしても、あのくらいの子供は一週間もしたら忘れるだろう。



 いや、意外とちゃんと覚えてたりするんだよな……。



『しっちょー、またね!』

 正しい意味を理解してはいないだろうが、自分がどうすべきかはなんとなくわかったのだろう。

 怜人もそうだった。

 学校に行く俺に『にーちゃ、ばいばい!』と涙を浮かべて手を振った。



 懐かしいな……。



 俺はシャワーの後で、怜人に電話をかけた。

 もう、一年近く会っていない。

 男兄弟なんてそんなものだ。

 まして、十歳も年が離れている。

『もしもし?』

「よ」

『珍しいね』

「ああ」

『なんかあった?』

「いや?」

 こちらからかけておきながら、このそっけなさ。

 怜人も、意味がわからないだろう。

「元気か?」

『うん。そっちは?』

「まぁ、普通に?」

『マジ、どうしたんだよ』

「ちょっと、な。仕事は順調か?」

『普通だよ。な、マジでどうしたんだよ』

 にぃちゃん、と泣きながら俺の後をついてきた可愛い弟は、今や俺の心配をするほど大きくなった。
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