偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「ママはぁ?」

 か細い声。

 母親意外と眠ることなんてないのだろう。

「寝てるよ」

「しっちょは?」

「ん?」

「しっちょはぁ?」

「いるよ」

 力登が頬をぐりぐりと俺の肩に擦り付ける。

「寝ろ」

 丸くて柔らかい背中をトントンと軽く叩く。

「しっちょ……」

「大丈夫だ。いるよ」

 ズビビビビッと鼻水を吸い込む音がして、ケホッと咳き込む。

 俺は力登の背中をさすりながら、ソファに腰を下ろした。

 ゆっくりと力登を肩からおろす。

 腹の上で抱き、彼の頭を撫でた。

 木にしがみつくコアラか何かのようだ。



 じゃあ、俺は木か?



 自分の考えに、思わずふっと笑ってしまう。



 やっぱり、調子が狂う。



 俺はソファの背にもたれ、天井のダウンライトを眺める。

「お前もすぐに大きくなるんだろうな」

 子供の成長は早い。

 本当に。驚くほど。



 あったかいな……。



 腹がぽかぽかと温かい。

 平日の午後に、こんな風にソファに座ってぼうっとするなんてこと、いつぶりだろう。

 徐々に瞼が重くなっていく。

 力登もしばらく起きないだろう。

 俺は眠気に抗うことなく、目を閉じた。

 力登の寝息だけが聞こえる。

 時々、ピピッと鼻が鳴る。

 息苦しいだろうが、笑える。



 こんな姿、皇丞にも欣吾にも笑われるな……。



 そんなことを思いながら、俺は思考を停止させた。

 意識が沈み、ゆっくりと浮上する。

 こめかみのあたりがくすぐったい。

 眼鏡だ。

 眼鏡をしたままだから、きっとズレてくすぐったいのだろう。



 だが、額は?



 額もくすぐったい。

 柔らかい何かで、撫でられているよう。



 力登か?



 起きたのだろうか。



 いや、腹の上は静かだ。



 ゆっくりと瞼を上げた。

 何かが、視界を遮る。

 それが人の手だと、すぐにわかった。

 細い指が、俺の額をくすぐる。

 りとが俺に触れている。

 なぜかはわからないが、確かだ。

「う~……ケホッ」

 力登が咳き込み、俺にしがみついていた手を離した。

「お――」

 慌てて、両手で彼の腰を掴む。

 同時に、りとの手が視界から消えた。

 身体を起こし、腕の中の力登を見る。

 手で顔を擦っているが、目は開いていない。

「りき――」

「――しっ」

 すぐ横で、りとが力登に声をかけようとして、俺に止められた。

「まだ、寝かせておこう」

 小声で言うと、りとが頷いた。

「何時だ?」

 力登を抱えて、ゆっくりとソファに座り直す。

「四時です」

 二時間も眠っていた。

「具合は?」

「少し、楽になりました」

「そうか」

 りとが俺を見ようとしない。

 不自然なほど、どことなく視線を彷徨わせている。

「触り足りない?」

「え?」

「今、俺を触ってたろ?」

「いいえ?」

「ふ~ん」

「触ってません」

「あ、そ」

「触ってませんから!」

「こら、力登が起きる」
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