ファーレンハイト/Fahrenheit
 俺どころか全員が睡眠不足だが、加藤は唯一の女性捜査員で気苦労も多く、ちょっと健康状態が良くない状態だと、俺は思っている。
 と言うのも、昨夜俺は加藤と話している最中に一瞬で寝落ちしたのだが、通常であれば手の甲で俺の頬をフルスイングか裏拳をお見舞いする加藤が、肩を優しく揺すったのだ。加藤は正常な判断が出来なくなっていると思った。
 おそらく女性の体の事だろう。詳細は分からないが、連続した睡眠で回復出来るだろうと思う。チンパンジー須藤はマンションに来て、加藤を見て俺と同じように思ったようだった。「ああ、そうだね、俺もそう思う」と言い、加藤に『自宅で連続した睡眠』を取れ、という命令が出された。
 加藤は俺と須藤を交互に見たが、少し、安堵の表情を浮かべた。

「俺は少し長めの仮眠を取れば回復出来ます。捜査員が一人増えましたから、余力が出来ましたし」
「……そうか?……で、あの、山野の事なんだけとさ……」

 山野は俺の件で他の所轄に行った。その後は仕事も真面目にやっていると言う。だが、チンパンジー須藤が思うにまだ俺に気があるのではと言う。

――その件はね、葉梨が何か情報持ってるみたいよ。

「どうすればいいんでしょうか。そんな山野とペア組むと碌な事が起きないと思います。米田さんはそれが狙いなんでしょうけど」
「私はハイヒールを履きたいです」
「俺はちっちゃい山野が良いです」
「うーん……じゃあさ、加藤は敬志と相澤と組んで、ハイヒールは二回に一回、ってのはどうかな。山野のペアは葉梨と相澤も加えて、三人の日替わりでやれ。それで何かあったら俺が何とかするから」

 ベストではないが、ベターな選択だと思う。葉梨は単独行動で結果を上げている。女連れだと若干、厄介だ。俺と山野の接点を減らす為に葉梨にそうさせるのは悪いな、と考えていたら、歩きながら話す俺達の空気が変わった事に気づいた。
 背筋が寒くなったのだ。マフラーも無くて頭の下半分は短い髪で寒いものは寒いのだが、これはなんだろうか。それは俺の後ろから発せられてるような気がした。
俺は恐る恐る後ろを見ると、加藤の隣にいた相澤も不穏な空気を感じたのか、後退りして加藤から離れていた。

 ――やだっ! 般若の面を付けた狂犬がいる!

 そういえば般若の面って女の嫉妬と恨みを表現した面だったなと思いながら、優衣香の笑顔を思い出そうと空を見上げた。お星さまキレイ……。

 ――優衣ちゃん、ぼくお仕事がんばるから、次こそはこの前の続きしようね。

 俺は、二日間の休みを貰えないか、もう一度頼んでみようと思った。
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