ファーレンハイト/Fahrenheit

#03 濡れた肌

 午後五時五十一分

 リビングのパイプ椅子に座っていつもの書類を読んでいるが、内容が全く頭に入ってこない。
 時計の秒針が進むたびに、刻一刻と迫る夜に心が騒ぐ。
 加藤がマンションに戻って来たら、交代で俺は帰る事が出来る。そろそろ帰って来る頃だ。

 ――優衣ちゃん、大丈夫かな。

 優衣香は子供の時から丈夫な女の子だった。
 二十代の頃は、寝て起きると体調が悪かった事すら忘れているような女の子だった。
 だが、三十五歳を過ぎたあたりから、「寝ても治らなくなった」と言っていた。

 ――心労だろう。俺のせいだ。

 電話をしなかった事を俺が咎めたからだ。だから心労が溜まり、抵抗力が落ちて風邪をひいたのだろう。だが、今日は優衣香の元へ行ける。せめて、看病くらいはさせて欲しい。
 さっき電話をして、夜に行くと伝えてある。声は相変わらずだったが、解熱剤で熱は落ち着いているものの、ボーッとしていると言っていた。

「ただいま戻りました」

 ――加藤が帰ってきた。

 リビングのドアを開けて自らを出迎え、矢継ぎ早に連絡事項を伝える俺に、加藤は片足をスリッパに履き替えたまま、ポカンとしていた。

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