ファーレンハイト/Fahrenheit

#06 空いたグラス

 一月十七日 午前二時四十分

「相澤さん」

 後ろからかけられた言葉に振り返った。
 マフラーで顔の半分を隠した野川里奈は、寒さのせいか頬が赤く染まっている。吐く息は白く夜空へ消えていった。

「寒い?」
「えっ……はい……」
「あー、じゃ、こっちおいで」

 マンションまでもうあと十五分で着くけど、一時間は歩き続けているから野川は疲れたのかな。
 俺も加藤も慣れている事だけど、野川にとっては苦痛なんだろう。慣れないヒールにフレアースカートで寒そうだ。ショート丈のコートで、お洒落を優先させたから防寒対策になっていないし。

 野川と手を繋いだけど、意味は無い。どうしようか。肩を抱いても同じだろうし。
 ここは駅近くだけど人通りは全く無い。
 あと十五分だし、いいか。してあげよう。さすが寒そうにしていて可哀想だ。

 俺はコートを脱いで、野川のコートの上からウエスト部分に袖を結んだ。

「疲れたでしょ? おんぶするよ」
「ええっ!? でも……」
「いいから。背中に野川がいれば俺も寒くないし」

 野川に背を向けてしゃがむと、野川が体を預けてきた。
 立ち上がり、歩き出す。

 ――軽いし、ちっちゃいな。

 野川は頭の置き場に悩んでいるようだった。

「あの、相澤さん」
「なに?」
「すみません、本当に。ご迷惑おかけして……」
「良いんだよ、疲れたでしょ」
「はい……」

 野川は遠慮がちに俺のネックウォーマーへ顔を付けた。

「玲緒奈さんと加藤は普段からトレーニングしてるけど、野川までやる必要はないよ。野川は辛かったら言えば良いんだよ」
「はい……」

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