ファーレンハイト/Fahrenheit
「裕くーん!ごはんはー?」
「ごはんなんて無いですよ」

 俺も相澤も、身支度を整えるだけにこの部屋へ戻って来る生活を何年もしている。
 俺が最後にここで寝たのはいつだったか。確か、七月だ。エアコンを入れないまま泥のように眠ってしまい、熱中症になりかけていた所をこのゴリラに助けられた。
 相澤は、水回りの掃除だけはきちんと行っている。その代わりに俺は、煎餅と酒を必ず買って帰るようにしていた。

「煎餅は?」
「食っちゃいましたよ」
「なんだよ、少しは残しとけよ」

 頬を膨らませている相澤は、空腹で機嫌が悪くなっていた。

「しょうがねえな、金やるからメシ買ってきて」
「はい」

 足取り軽く買い物へ出掛ける相澤の足音を聞きながら、優衣香の事を考える。

 今日は、明朝八時まで自由だ。それなら優衣香の家に行きたいが、昨日の会議が終わった後に葉書を送っていたとしても、まだ優衣香の家に届いていない。電話をすれば良いだけの話だが、俺は優衣香へ電話をするのが怖くて、出来ない。優衣香の部屋で過ごす時の優衣香しか知らない俺は、電話をしても、電話の向こうの優衣香が何をしているのか分からないから怖い。男がいるんじゃないかとか、そんな不安があって怖い。

――電話、してみようかな。

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