ファーレンハイト/Fahrenheit

#06 清楚系ポンコツ

 十一月十二日 午前九時五十三分

 隣県にある観光地の最寄り駅で、俺は改札口の向こうに野川(のがわ)里奈(りな)の姿を見つけた。
 野川はAラインのピンクの膝丈スカートに白のニットを着て、白いカーディガンを羽織っている。スカートのウエストには黒いリボンが付いていて、カバンとパンプスも黒だ。
 パンプスにも頭にもリボンが付いている。

――俺がアレと合わせるのかよ。

 野川は、既に到着している俺を見つけ、小走りになった所で前から来た人とぶつかった。その人に何度も頭を下げて謝罪し、また小走りで改札を抜けて来た。

「おはようございます! 遅くなりました!」

 見た目にそぐわないデカい声の清楚系が頭を下げる相手は俺だ。
 青いスリーピースの細身スーツに茶色のベルトと革靴、水色のクレリックのワイシャツを着てる俺だ。
 パーマの茶髪を後ろで結んで黒縁メガネを掛けている俺だ。
 ほぼ直角にお辞儀をする清楚系の事を壁にもたれて腕組みしながら無表情で眺める俺だ。

――なんでこのポンコツは目立つ事するの?

 改札から出て来た人、改札に向かう人、全てがこちらを見ている。小動物のような清楚系と、胡散臭そうなサラリーマン風の俺の組み合わせが特異に映るのだろう。

――お気持ちは分かります。

「おはよう」
「髭を剃ったんですね!最初分かりませんでした!」
「あの……行こうか」
「はい!」

 俺は駅前で待ち合わせした事を後悔した。今日は弟が勤める美容院で俺と野川の見た目を合わせる為に来たが、美容院で待ち合わせすれば良かったと心底後悔した。

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