ファーレンハイト/Fahrenheit
 笹倉優衣香は隣県と接する警察署にいた。

 五階にある交通捜査課へ行く為、一階エレベーターホールで呼出ボタンを押して待っている。
 そのエレベーターの横には廊下があり、その廊下から出て来た男が優衣香に気付いた。その男は話しかけようとしたが、エレベーターに乗り込んだ優衣香は男に気付かずエレベーターの扉は閉じられた。

 その男、相澤裕典はエレベーターの所在階数のランプを眺めている。エレベーターが五階に止まった事を確認すると、相澤もエレベーターの呼出ボタンを押した。
そこに相澤とペアを組む派手な服装をした加藤奈緒が現れた。彼女が指差す方向を見て相澤は顔を顰めたが、有無を言わせない顔の彼女に腕を叩かれ、彼女が指差す先にある階段で上がって行った。

 加藤は四階に着き、廊下に出ようとした所でまだ踊り場に着かない相澤に呼び止められた。相澤が上を指差して何やら彼女に言って、相澤は階段を上がって行く。
 肩で息をする相澤は五階に着き、そっと廊下を覗くと、交通捜査課の課員が廊下にあるベンチに優衣香と並んで座って台帳を膝に乗せてそれを指差していた。優衣香はそれを手帳に書き写していた。

 手帳を閉じた優衣香はそれをカバンにしまい、課員も台帳を閉じて二人は立ち上がった。優衣香がお辞儀して一歩踏み出した所で相澤は廊下に出た。何食わぬ顔ですれ違う交通捜査課員に挨拶をし、エレベーターホールに向かう優衣香に声を掛けようとしたが、優衣香はエレベーターホールにいた誰かと話している事に気づいた。

 相澤はエレベーターホールをそっと覗くと、優衣香が話しているその男を見て、相澤は目を見開いた。
 二人は、到着したエレベーターに一緒に乗り込んで行った。

「間宮さん、また笹倉さんと話してる」

 廊下に一人残された相澤はそう呟いた。
 首を傾げた相澤は、階段で一階に急いで下りて行った。

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