ファーレンハイト/Fahrenheit

#05 三分で大惨事

 十一月二十二日 午前十一時五十八分

 雲に覆われた空がここから見える。今にも雨粒が落ちてきてもおかしくないような天気だ。

 昨夜は野川を捕まえて、それから署に行って武村を説教した。だが、米田からは連絡は無い。

 ――なんでかな。


 ◇


 連絡所兼仮眠室のマンションのリビングルームには長机三つが合わせて置いてあり、大きいテーブルのようにセットしてある。椅子はパイプ椅子で十脚。
 俺はバルコニーに一番近い椅子に座り、パソコンを眺めていた。

 ――目がしょぼしょぼする。

 対角線上の椅子に座って同じくパソコンとにらめっこしているのは、俺と相澤とは違う所轄から一人でやって来た捜査員だ。
 コイツはゴリラの相澤より背が高くて体格も良い。だが、身のこなしが柔道をやっていたそれではない。俺はてっきり刑事課所属かと思っていたが違った。生活安全部だと言う。いるよね、こういうタイプ。

 ――熊。ちょっと方向性の違う熊。

 初回の会議で、ゴリラの相澤を見ていた野川を見ていたのがこの熊だ。相澤は熊と同じ所轄だった時もあり、久しぶりに会って二人は楽しそうにしているが、俺はコイツと初めて会った。
 熊とゴリラが一緒にいる姿は見ているだけで暑苦しいが、寒い今なら丁度いいかと思って「ぼくもキミと仲良くしたいな」と今朝からずっとコイツに念を送っている。だが、コイツは俺に怯えて話しかけてもくれない。

 ――ぼくかなしい。

 とりあえずコーヒーでも淹れてやろうかと思い「なあ、葉梨(はなし)」と熊の名前を呼んだが、言い切らないうちに葉梨は既に立ち上がっていた。

「コーヒーは飲――」
「コーヒーですね! 淹れます!」
「……ありがとう」

 俺がまず熊の葉梨がコーヒーを飲むどうかを聞いて、飲むなら俺がコーヒーを淹れてあげて、それから交流を深めてキャッキャウフフしようとしてたのにどうして。

「お砂糖とミルクはどうしますか!?」

 ――熊がお砂糖とミルクって言った! なんか可愛い!

「ミルクは二つで。砂糖はいらないよ」
「はい!」

 そこに加藤が外出から戻って来た。
 昨夜と同じ格好のままだった。メイクは綺麗にしているが、疲れが隠せていない。
 リビングのドアを開けた加藤はいつもの目をして、すぐにやめた。そして俺を見て眉根を寄せている。

「お疲れ様です。なんだか楽しそうですね」
「おかえり。そうでしょ? 葉梨と楽しく過ごしてるよ」

 俺と加藤のやり取りを聞いていた葉梨は驚いた顔をして俺と加藤の顔を交互に見たが、「加藤さんもコーヒーいかがですか?」と加藤に声をかけ、加藤は「ありがとう、頂きます」と言って、俺の右隣の席に着いた。

 ――話があるんだな。

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