ファーレンハイト/Fahrenheit
第3章

#01 秘密と後悔(前編)

 優衣香の事を十四歳の時に好きになって、十五歳の夏にラブレターを渡したと相澤に話したのは九年前だった。
 実家に招き、リビングから見える優衣香の家を指差して、隣の幼なじみの優衣香の事が今でも好きだと言った時の相澤の驚いた顔が面白かった。
 優衣香が一人暮らしするマンションに訪ねる事も、着替えが置いてある事も、体の関係が無い事もその時に言った。
 それからしばらくして、俺が複数の女と同時進行で関係を持つ時は優衣香に男がいる時だと気づいた相澤から、「なぜ笹倉さんは松永さんと付き合ってくれないのか」と聞かれて、俺が警察官だからだよ、と答えた。

 あの事件が起きた時に、優衣香が家に来ている、俺はどこにいるのか、俺に会いたいと優衣香が泣いている、今から来れないかと母から連絡が来ても、俺は仕事で優衣香の元に行けなかった。

 ――優衣香を守れない俺は優衣香を幸せに出来ない。

 あの事件の後、優衣香は誰とも交際していない。「怖い」ただ一言、そう呟いて俺の腕の中で震える優衣香を見て、俺は警察官にならなければ良かったと心底後悔した。

 でも、事件後に初めて会った時、優衣香は俺を心の支えだと言ってくれた。俺だってそうだ。優衣香が笑顔で迎えてくれるから、俺は俺でいられる。優衣香の前でだけ、俺は俺でいられるんだ。

 ――だから、今のままでも、良い。

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