ファーレンハイト/Fahrenheit

#04 幕間 つながる心

 午後十一時三分

「もしもし」

「うん、あー、あの……優衣ちゃん」

「こういう事はあんまり良くないんだけど……」

「今近くにいて……あの……これから行っても良いかな」

「少しだけなんだ。時間あんまり取れなくて……ごめん」

「うん、ごめんね、すぐ行く」

 ◇

 あれから、相澤から優衣香の事は何も聞いていない。ただ、相澤の言う『大丈夫』だけを頼りに、俺は優衣香のマンションへ来た。
 でもやっぱり怖い。
 優衣香に電話をする事も怖くて出来なかった。

 優衣香が来ても良いと言ったからマンションへ来たけど、この扉が開いても、目の前にいる優衣香を見るのが怖い。

 相澤が大丈夫だと言ったから大丈夫なんだろうけど、部屋のインターフォンのボタンを押そうとして押せなくて、さっきから躊躇している。
 でも、今日は行かないといけない日だから……。

 ◇ ◇ ◇

 夜遅い時間に鳴ったスマートフォン。
 これから敬志が来る……そういう電話なら、私は嬉しい。でも、この前の電話は、怖かった。

 スマートフォンに表示されていた松永敬志の文字に、あの日の私の鼓動は早まった。敬志に何かあったのか。電話をして来るなんて、よっぽどの事が起きたんだ。いろんな事態が頭をよぎり、早く電話に出ないといけないとは分かっていても、怖くて出られなかった。

 あの日の電話を切った後、私はもっと怖くなった。

 警察官は、臨場した先で生命の危険がある際に、家族に連絡する時間を与えられると聞いたことがある。だから、もしかしたら敬志はその状況にいて、私に電話したのではないかと考えてしまい、胸が締め付けられた。
 でも、もしその状況ならそれは私じゃないはず。そういう時、敬志はお母さんに電話するはず。それに敬志は次からは葉書じゃなくて電話するよと言っていた。髭を剃ったから痛くないよと言っていた。これはまた会えるという事だから、安心しても良いのではないかと思った。
 でも、そう私に思わせる為の敬志の優しい嘘なのかも知れない。だって敬志が、帰る時に言わなかったのに、十年ぶりに私を好きと言った。
 やっぱり、最後の電話だったのかも知れない。そう考えたら怖くて怖くて、涙が頬を伝った。

< 74 / 232 >

この作品をシェア

pagetop