こぼれた花びらと小さな初恋〜年上堅物騎士が運命のつがいになりました〜

01 はじまり

 

「十歳も上のおじさんとの結婚なんて……絶対に嫌よ!!」

 叫ぶ少女の薄い紫の瞳から、瞳と同じ色をしたハートの形の花びらがこぼれる。人形のように可憐な少女とその周りを舞う小さな花はまるで絵画のようだ。

 自分の瞳から溢れた物が涙ではなく花びらだと気づいた少女は青ざめてその場にへたり込む。

「リュシー、お前の命を守るためなんだ。わかってほしい」

 少女の父は花びらを掬い、悲痛な面持ちで彼女を抱きしめた。
 リュシーと呼ばれた少女はそれ以上は言葉を紡ぐことができずにただ呆然と座り込んでいた。


 ・・

 花が咲き乱れる小さな島国。

 かの国には決して立ち寄ってはいけないよ、恐ろしい奇病があるからね、と近隣の国では言い伝えられている。

 その噂は本当で、この国には「花蜜病」という奇病があった。

 発症確率は低く、年に数組。
 組とはいうのは、必ずペアで発症する病気だからだ。

 花蜜病は人間が花に変わってしまう病気だ。

 最初は香水のように花の香りが患者に纏い始め、進行すると涙や汗が花びらに変わり、末期になると身体中に花が咲き誇り、最後には花が全て散りそこにいたはずの人間ごと消えてしまう美しくて恐ろしい病気だ。

 しかしこの病気には治療方法がある。

 必ずペアで発症するこの病気、花の症状が顕れるのは「フローラ」と呼ばれる片方のみ。

 もう片方の「アピス」は病を患うのではなく、フローラの特効薬となる。
 アピスがキスをすると、フローラを花に変えていく毒素を吸い出す事ができた。アピスには毒はうつらない。それゆえに「花蜜病」と呼ぶ。

 完治することはないが、アピスと共に過ごし定期的にキスをすることで症状を抑えることができる。

 もう百年以上も続くこの病を国民は受け入れており「花蜜病」を患った者は国に保護され、男女関係なくペアを結婚させることが法律で決まっていた。
 アピスにはリスクがないこの病、アピス側がフローラ側に多大な見返りを求めたり、気に入らないことがあると見殺しにすることが長い歴史の中で繰り返された。それを防ぐための法律だ。

 長年研究は進められているが、未だに病気については解明されておらず、解決策とはいえないが対処策として結婚が採用されていた。


 ・・


 リュシーは恋を夢見る十八歳の侯爵令嬢だ。
 蜂蜜の色をしたなめらかなウェーブの髪の毛、ぱっちりとして水分をたっぷり含んだ愛らしいラベンダーの瞳、薄いピンクの頬と唇。
 誰もが憧れるお人形さんのように可憐なリュシーは、王都から少し離れた領地を守るクレモン侯爵家の三女だ。

 恋愛小説が大好きなリュシーの口癖は
「私は幸せな恋愛結婚をするわ」
「許嫁はいらないわ、自分で探したいの、運命の相手を」

 溺愛されて育った彼女はそのわがままを許され、十八歳になったら舞踏会で自分で恋人を見つける予定になっていた。



 しかし、十八歳の誕生日を迎えて参加した初めての舞踏会。リュシーはこんなものかしらと独り言をつぶやいた。

 王都までやってきて期待に胸を膨らませて参加した舞踏会。
 たくさんダンスに誘われたし、いろんな男性と話したが、恋愛小説を読むようなときめきはない。
 そして爽やかな王子様みたいな男性は滅多にいないのだと現実を知った。
 皆、リュシーを上から下まで無遠慮に品定めしてギラギラした瞳で嘘っぽい愛の言葉を囁いた。


「ルイ王子みたいな男性がいたならなあ」

 参加した舞踏会には王子夫婦も参加していた。彼は本当に物語に出てくる王子様のようだ。眉目秀麗で佇まいも美しく誰もが憧れる王子様。彼はフローラであることを公言していて、常にバラの香りが漂っている。

 そして、彼とアピスであるお妃様の物語は世の女性の憧れになっている。なんとお妃様は元平民なのだから。平民の少女が王城に迎えられる運命のつがいの物語は多くの少女を魅了した。
 もちろん夢見がちなリュシーも例外ではない。仲睦まじい二人を遠くから見ては憧れのため息をついた。


「なんだか疲れたわ」

 初対面の人と代わる代わる挨拶をして、たくさんの人にも酔ってきたので少し休む為に中庭に出ることにした。
 会場からテラスに出るだけで、新鮮な空気に触れてホッとする。外は既に暗くなっていて庭にはほとんど人もいない。
 休憩できそうだと、テラスから中庭に向かおうとしたリュシーは、段差があることに気がつかず転がりそうになった。が、それを抱きとめてくれた腕があった。

「あ、ありがとうございます」

 自分を抱きとめた腕が太く、男性の物だと気づいたリュシーは期待しながら上を見上げた。まるで恋愛小説の一節ではないか。
 騎士団の制服を着たその男性は、リュシーを立たせるとすぐに腕を離して

「いえ。では」

 とだけ言うと、すぐに立ち去って行った。

「現実は小説のようにはならないわね」

 小説だったならば、運命の出会いで甘い展開に突入してもおかしくないのに。
 顔もよく見えないまま立ち去ってしまった。そもそも騎士であればリュシーとは身分が違う、結婚相手にはふさわしくないだろう。

 夜風に少し当たったら、今日はもう帰ろう。
 きっと私の運命の相手は今日はいらっしゃらないのだわ、また参加すればいいのだから、とリュシーは次の舞踏会を想った。

 リュシーは気付かなった。
 もう恋人を探しに行くチャンスはないことを、先程の出会いこそが本当に運命の出会いだったことを。


 ・・


 翌朝、リュシーの着替えを担当しているメイドが突然青ざめてガタガタと震え出した。

「どうしたの?体調が悪い?」

 尋常ではない彼女の様子にリュシーは尋ねた。

「い、いえ……お嬢様……私は大丈夫なのです……ですが……」

 様子に異変を感じた他のメイドがやってきて、リュシーを見た瞬間叫んだ。

「お嬢様……!痣が……!は、花です……!!!」

 胸元に花の痣。この意味を知らない者はこの国にはいない。

 まさか……!恐ろしくて確認もできず固まったリュシーの周りは一気に慌ただしくなる。頭が真っ白になっている間に、メイドが家族を呼びに行き、クレモン侯爵家は恐怖と焦りに包まれた。

 大切な大切なリュシーがフローラだなんて、誰もが信じられないことだが何度確認しても胸元の痣は間違いない。
 リュシー自身も受け入れることができず、身体の震えが止まらないままだった。

 この国の者ならば、一度は想像したことがある。自分がフローラになることを。自分の身体が花になり散っていく姿を。

「大丈夫だ、リュシー。すぐに申請しにいこう」

 すぐに用意された馬車の中でリュシーは両親に抱きしめられていた。リュシーの母はずっと泣き続けている。
 いまだに現実味がないリュシーを乗せて、馬車は王都へ向かった。


 ・・

 手続きを終えた後、リュシーと両親は城下町の宿屋に滞在することにした。相手がどこに住んでいるかわからないが、申請があればひとまずキスをしてもらおうとクレモン侯爵が考えたからだ。
 とにかく進行を食い止めなくてはならないと説明したが、ファーストキスに並々ならぬ憧れを抱いていたリュシーは現実を受け入れられずにいた。
 これは悪夢に違いない。そう思いながらただ待つしかなかった。


 夕方になってもアピスが現れず、クレモン夫人はまた泣き始めた。

「大丈夫だ、さっき説明もあっただろう。アピスの逃亡は大きな罪になるし、最近はアピスの居場所を突き止める魔法もあると」

「そうね、ごめんなさい」

 そんな両親のやり取りをリュシーは現実だと思えず、ぼんやり見つめていた。もう震えも止まっている。あまりの恐怖に頭が思考を停止しているのだ。

 トントン、ノックの音が響き全員が注目した。どうぞ、と声をかけて入ってきたのは先程手続きしてくれた花蜜病の担当者の女性だった。

「おまたせしてすみません。リュシー・クレモン嬢のアピスから申請がありました」

「なんと!」

 クレモン侯爵が大声を出して立ち上がり、夫人は声を上げて泣いた。

「それで、アピスはどちらに?どこへ向かえば?」

「すみません、彼は本日はどうしても外せない用がありまして。紹介出来るのは明日となります」

「そんな……大丈夫なのか?明日でも」

「ええ、発症は本日の朝でしたよね?数日では症状は進行しませんし、治療をすれば進行は止まります」

「それならよかった……」

 そのやり取りをリュシーはどうしても冷めた目で見ていた。治療というのがキスだということは知っている。皆簡単に言うのね、キスをしろと。
 リュシーの言い分がわがままなことは本人もわかっているが、すぐに心が受け入れられるかは別である。

「それで相手はどなたなんでしょうか」

「アクセル・ルグランという、王子の直属騎士団の一人です」

 女性は一枚の紙を取り出してクレモン侯爵に渡した。どうやら彼の情報が書かれているらしい。さすがにリュシーも気になって遠くから覗き込んだが文字だけで写真などはない。

「明日の十時に王城へいらしてください。彼との面会と手続きを行います」

「わかりました」

「ご不安でしょうが、ひとまずアピスは見つかりましたからご安心下さいね」

 最後に優しい表情を向けた担当者は帰っていった。しかしリュシーの心はちっとも晴れなかった。所詮みんな他人事なのだから。

 クレモン侯爵は担当者に渡された紙をじっと読んだあと、それをリュシーに渡した。
 名前と簡単な情報と経歴が書いてあるだけのシンプルなものだ。
 読み込むほどにリュシーの未来が暗く閉ざされていく気がした。

 これならば政略結婚の方がマシではないだろうか。
 騎士爵はあるものの領地のある貴族でもない、年齢は十歳も上の二十八歳だ。こんな年齢まで結婚していないだなんて、どんな男性なのだろうか。
 

「十歳も上のおじさんとの結婚なんて……絶対に嫌よ!!」

 リュシーの悲痛な叫びと瞳からこぼれる花が部屋を舞った。
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