薬術の魔女の結婚事情

純粋だった


「あ、いたー」

 と、薬術の魔女は待ち合わせ場所に立つ、魔術師の男の元に駆け寄る。

 魔術アカデミーは今日から休暇に入ったので制服ではなく、ちょっと頑張って奮発した(友人達に見立ててもらった)服だ。

「おや。思いの外、早う御座いましたね」

目の前まで来た薬術の魔女を見下ろし、魔術師の男は目を細めた。

「…………悪くはないですね。似合っておりますよ」
「そ、そう……かな? えへへ」

緊張していたが魔術師の男に褒められ、薬術の魔女は頬を染める。

 泊まると約束した日に

「木の札は使わないで、直接きみのところまで行くつもりなんだ」

と、薬術の魔女が伝えると

「成らば、折角ですので街を歩きませんか」

そう、魔術師の男に言われたのだ。
 去年の雨祭り以来の、二人きりでのお出かけに薬術の魔女はわくわくしていた。

「デートみたいだね」

 待ち合わせ場所に着いた薬術の魔女は、少し赤い頬で見上げる。魔術師の男は普段と違い魔術師のローブではない、冬用のコートや上着などの格好をしていた。恐らく、魔術師のローブだとやや浮くからだろうが、普段と違う装いに胸が高鳴るのだった。

「逢引……そうやも知れませぬ」
「ふふー」

つい、と目を逸らす魔術師の男に、薬術の魔女は自然と頬を緩める。

「(……でも、心の底からそう思っているような顔じゃないんだよねー)」

と、思ってしまっても、嬉しかったのだ。

「……どうぞ」

 と、魔術師の男は薄い手袋に覆われた手を差し出す。

「なに?」

薬術の魔女はその手と彼の顔を見、首を傾げた。

「御手を。人が多いので」
「あ、ありがと」

 大体の学校が冬休みに入る祝福の日だからか、煌びやかに装飾された街は、人通りが多かったのだ。

×

「いっぱい人がいるね。いつもこの時期ってわたしはおうちに帰ってるから初めて見たかも」

 そう、薬術の魔女は目を輝かせて周囲を見回した。虚霊祭の日でもこんなに人が集まってるの見たことない、となんだか興味深そうな様子だ。

「危のう御座います。()()く前を見て頂けると宜しいかと」

 きょろきょろと周囲を見回す薬術の魔女の様子は魔術師の男自身、面白いものが見れて問題はない。ただ、それを見て『格好の獲物だ』とスリや誘拐の対象に選ばれても面倒だと思っただけだ。それともう一つ、彼女が全身が魔力の放出器官であることを思い出し、普段は人込みを避けているのだったかと思い出す。

「あ、ごめんね。……毎年、こんなにいっぱい人がいるのかな」

繋いだ方の手を、ぐい、と引き寄せた彼のその腕に、もう片方の手で掴まりながら薬術の魔女は小さく謝罪をした。そして、『一緒に歩いていてみっともない』と思われてたらどうしようと少し気落ちする。

「そうですね。まあ、聖人の祝福の日の前ですし、当然の話でしょう」

 少し大人しくなったな、と思いつつ魔術師の男は彼女の問いに返答した。家族がプレゼントを用意する()()()()()()()()()()()()()()()だ。だからそうだろうと、魔術師の男は当然の返事をしたつもりだった。

「そうなの?」

 意味がよく分からず、薬術の魔女は首を傾げる。確か、恋人や家族同士で仲良くする日だという知識はあった。だから食事やケーキの準備かな、と考える。

「……(さて)。準備が良い者はもう少し早い時期に準備を済ませて居そうですが」

 何かよく解らないが噛み合っていないな、と思いつつもその正体を探ろうと魔術師の男は会話を続けた。

「人の好み(など)、数日で変わりますし」

聖人の日直前に違うものを要求されるなど、堪ったものでは無いだろうと、魔術師の男はそう思う

「うん?」
「…………」

 ぱちくり、と瞬きをする薬術の魔女に、「(矢張り、何かが奇怪(おか)しい)」と魔術師の男は内心で首を傾げる。

「……(ところ)で、『薬術の魔女』殿」

「ん、なーに?」

 街を歩きながら、魔術師の男は横を歩く薬術の魔女に声をかける。彼女が見上げたので

此方(こちら)を見なくとも宜しい。前を向いて歩きなさい」

と諭してから

「今(まで)、『聖人の祝福』では何を受け取って居られましたか」

そう問うた。違和感の正体が分からなかったので、諦めて彼女の今までの『聖人の祝福』について問うことにしたのだ。

「んーと……薬草の標本や狩の道具、あとは薬草の本とか!」

成程(なるほど)

 予想通りだと魔術師の男は頷く。

「わたしが『欲しいなぁ』って思ってるのをくれたよー」

すごいよね、と薬術の魔女は嬉しそうに目を輝かせる。

「……そうですか」

 まあ、何が欲しいのかを伝えていれば当たり前なのでは、と思いつつも魔術師の男は相槌を打った。

「それにさ、」

薬術の魔女は足を止め、魔術師の男を見上げる。それに合わせて魔術師の男も足を止め、薬術の魔女を見下ろした。

「毎年、色々な子に祝福を贈ってるから大変そうだよね。すごいよね、祝福の聖人さん」
「…………そうですね」

その満面の笑みと輝く瞳に、魔術師の男は何かを悟った。

※祝福の聖人≒サンタクロース
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