薬術の魔女の結婚事情

触れ合う口


 薬術の魔女はこれ以上にないほど、緊張していた。

「(……あの人のことだもん。なんか変な触りかたするに決まってる)」

どういう風に変なのかは分からないが、とにかく彼女は自身が困惑するようなことを魔術師の男はするはずだと、口をきゅっと結び待ち構える。彼女の内心が分かればきっと「失敬な」などと言い、憮然とした態度をするだろうが、性格に悪さと最近の行いのせいなので自業自得だろう。

「…………其の様に固く成らずとも」

 呆れと困惑を混ぜた様子で魔術師の男は声をかける。

「いいの! 気にしないで」

 頬を赤くさせたまま、彼女は彼に答えた。

 そして互いに手袋越しで手を少し重ねた後に、魔術師の男は手袋を外す。

「……触りますよ」

そっと、彼女に手を伸ばしその頬に触れた。

「(うぅ、ちかい)」

 思わず縮こまってしまう。その間に魔術師の男は、薬術の魔女の頬を両手で包み込んだ。

「……矢張り、柔らかいですね」

 どことなく嬉しそうな声色をしていた。そして彼は薬術の魔女の頬を両手で包み込んだ状態のまま親指で撫でてみたり、柔く摘んでみたりする。

「(なんか、思ったよりもふつう……?)」

 触られながら、彼女は内心で首を傾げた。最初の方の心構えは何だったのだろう、と思えてくる。

「(これぐらいだったら、すぐ慣れそうだな)」

そう、彼女が安堵した次の瞬間、

「んむっ?!」

 彼の指が、ぬるっと薬術の魔女の()()に入り込んだ。

()らにひへるの(なにしてるの)?」

 口に触るなんて聞いてない、と睨み上げるも

「貴女の顔に触れているだけですが?」

そう、魔術師の男は愉快そうに目を細めるばかりだった。

「んっ」

 するりと薬術の魔女の桃色の舌を、彼の指先が撫で

「っ!!」

途端に、じわ、と何か奇妙な味が舌の上に拡がる。彼の魔力が、舌に塗られたのだ。
 同時に、口内が火が点いたかのように熱くなった。

「ふふ……此処も貴女の顔ですからね」

 口の端を吊り上げながら魔術師の男は呟く。

「ん゛ー!」

苦いような、もっと口に含んでいたいような、彼の魔力のせいで口内に唾液が溜まる。それと、口が苦しくて、涙で視界が滲んだ。

「(……まさか、これのために?)」

 彼は愉快そうに笑っていたので、仕組んでいたことだったのだと気付くがもう遅い。

「んー!」

 『抜いて!』と、思いを込めて彼の胴体を押すと、

「……仕方有りません。名残惜しいですが」

と、意外にあっさりと指を引き抜いた。

「…………きみって、ほんとにさ」

「何でしょうか」

 涙目で魔術師の男を睨むも

「性格悪いよね」

「そうですね」

彼は全く気にしていない様子だ。むしろ、にこ、と嬉しそうに微笑した。

×

「では気を取り直して」

「まだするの?!」

「はい。未だ、普段よりも短い時間ですので」

 やけに手袋越しでの触れ合いの時間が短いと思っていたが、この触れ合いの時間を伸ばすためだったらしい。

「……次はどんな変な触り方するの」

 やや顔をしかめつつ薬術の魔女が問うと、

「変、とは」

魔術師の男は面白そうに目を細め、訊き返す。

「…………わたしを困らせるようなやつ」

「困らせるつもりはなかったのですがね」

 言いつつ、彼は少し口元を緩めて額へ口付けた。

「次は……此の様な触れ方で御座いますよ」

そして目を丸くした薬術の魔女を見つめ

「此れ成らば……大丈夫でしょう?」

と、やや不安そうな様子で問う。

「ん……まあ、さっきのよりはまだマシ……かも?」

 急に口内に触れた時よりは良いだろう、と思うことにする。冷静に考えればマシではないような気がするが、魔力で触れ合った熱で思考がぼやけてきた彼女がそれに気付くのはもう少し後だ。

「其れは良かった」

 彼は安堵した様子を見せた。

 それから、魔術師の男は薬術の魔女の頬や目元などに口付ける。

「……ね、これって『触れ合い』に入るの?」

羞恥に身を焦がされそうになりながら、彼女は彼に問うた。

「ええ。『顔に触れる』とは言いましたが、『何処で触れる』等、指定しませんでしたからね」

「……たしかに!」

 思い出してみても、記憶の中にはそんな言葉は無かった。

「其れに……結婚する成らば、是ぐらいは良いでしょう?」

云いつつ、すり、と薬術の魔女に一瞬頬擦りをする。

「もう一つ、此の時間以外では私は貴女に触れて居りません」

確かに、触れ合うと決めた時間外では不自然な接触はされていなかった。つまり、ご褒美を寄越せ、ということなのだろうか。

「(思ったよりも甘えん坊さん……!)」

以前の十分に重い思いで気付いていたような気もするが、彼の今の行動でなんとなく確信的に思ったのだ。
 
 そして。

「んっ」

 口付けを落とされる最中、さりげなく薬術の魔女の唇に彼のものが重なった。

「なに、」

 目を見開き、彼女は魔術師の男を見るが、彼は薄く微笑んだだけだ。

「……ねー、『そっと触る練習』だって言ってなかったっけ?」

 唇が離れてから、彼女は魔術師の男をジトっと見る。

「嗚呼。其の話成らば、指を絡ませて繋ぐ時点で言われるかと思っておりましたので」

 薄く微笑み、彼は答える。

「あの繋ぎ方で許可が降りたのならば大丈夫だろうと判断致しました。此方の方が未だ()()()()()()()()()()(ゆえ)

「勝手に判断しないで?」

微笑む魔術師の男に、薬術の魔女は戸惑った。

(そも)、許可した時点で私の勝ちなのですよ」

「勝負してないよ、もう!」

「まあ、一度は口腔で魔力供給を交わした身です。変わらないでしょう?」

「変わる! 前も言ったけど、ロマンチックなやつが良かったって言った」

「おや。ロマンチックではなかったですか」

「んー、そう、いわれると」

少し考えて

「……………………前回よりはマシかも?」

と、首を傾げた。

※流されてるぞ
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