薬術の魔女の結婚事情
二年目

新たしい変化。


 夏休みが明け、第五学年が始まる。
 周囲に視線を向ければ高く伸びあがった雲の姿はなく色づき始めた草々が目に付き、うっすらと秋の気配を感じた。
 だけれど、薬術の魔女にとってはただ学年が上がって授業の難易度が変わるだけで、何も変わっていない学校生活が繰り返されるだけだ。
 去年は……、相性結婚の相手との顔合わせがあった。

「……そういえば、もう一年経つんだ」

 呟いて、あの氷像のような婚約者を思い出す。いまだに、まともな交流をした記憶は薄いけど。
 でも、思いの外に短い一年だったような気がする。

×

 秋の中旬。大体の学生が新しいクラスや授業に慣れ始めた頃に、軍部、城勤の魔術師達が視察にやって来た。

「――ということで。例年と同じように、しばらく卒業生の方々が視察で来ています。失礼の無いように」

 授業の冒頭で、共通科目の基本魔術応用Ⅲの教師は学生達に告げる。

 無意識に、薬術の魔女は視察の魔術師達の中に自身の婚約者がいないか視線を巡らせる。

「(…………そっか、普通に考えて一年くらいしか来ないんだ)」

 やはり、というか当たり前に、婚約者の姿は無かった。

×

 夏の暑さが引き始め時折乾いた風の吹く薬草園で、薬術の魔女はもくもくと薬草弁当を食べる。人通りは滅多になく、独りぼっちだ。
 当たり前の話だが、ゆっくり食べていても魔術師の男が現れることは無い。
 1週間過ごしても、視察者の姿は見かけるが彼は来ない。

「…………あれ」

 口に運んだ食器には、食べ物がなかった。
 いつのまにか、お弁当を完食していたらしい。

 実習の薬草採りで、魔術コースのアカデミー生達や先生、視察者達と一緒になっても、彼の姿を見ることはなかった。

「(……そうだよね。あの人は先生じゃなくて、視察で来ていただけの部外者……)」

 ころり、と自室のベッドの上で寝返りを打った。
 なんだかぽっかりと穴が空いたかのような喪失感に、もう一度寝返りを打った。

×

 学年初めにあったテストは、去年の終わりに魔術師の男からもらった復習テストのおかげで、好成績を保ったままだった。

「(うん。やっぱり、あの人が自分で言っていた通りに『入学した時から卒業までずっと満点だった』ってのは、本当なのかも)」

 彼が作った復習テストは基礎的な問題、少し捻った問題、現実でありそうな応用を利かせた問題、かなり捻くれた意地の悪い問題など、まさに『総当たりでヤマを当てていく』スタイルだった。

「(あんなに努力してたんなら、取れるのは当たり前だよね)」

 おまけに魔術操作や体術など、座学だけでなく実践でも満点を取った、というのはつまり。

「(……習ったそれを完璧にこなすのは基本として、後は試験監督の先生が満足するような()()もしたってことなんだよなぁ)」

 なぜ、そこまでして満点を取りたかったのかは不明だが。

「(すごいんだな、やっぱり。……お仕事も、宮廷魔術師だし)」

 宮廷魔術師という職業も、魔術社会では重要で就くにはかなり難関なものだと聞く。

「(……普通だったら、全く関わらないような人だな)」

 制度のおかげで出会った人。

 ころり、と再び寝返りを打つと、壁に貼った行事予定表が目に入った。
 もうすぐ、中間テストが始まる。それが終われば、学芸祭と虚霊祭があって、テストを挟んで冬休みだ。

「……」

 薬術の魔女はぼんやりと、予定表を眺め

「…………」

 そっと、連絡用の端末に入った新しい番号を押した。
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