薬術の魔女の結婚事情

情愛と慈愛と


 依然、『相性結婚』の話題は止まない。

 それは宮廷内、宮廷外を問わずただ単に『制度を撤廃するべきだ』とか『国民を巻き込む前に他に方法があったはずだ』など、制度の撤廃を求める声と主導を握った官僚達を責める声だ。
 そして最近では相性結婚で()()()()()()()()達が『相性結婚で結ばれたなんて可哀想』と嘆いたり相性結婚の被害者の会だとかを立ち上げたりとしているらしい。

 宮廷内の回廊を渡り、外が見えた。
 少数の抗議団体が声を上げているらしい。だが、宮廷内に声は届かない。防音の魔術式がかかっているからだ。
 目に余るほどの人数になれば、きっと業務妨害で夏官(宮廷国軍職)か近衛兵に排除される。いや、近衛兵でなく騎士団員だろうかと、少し考えて止めた。

「(非常に、莫迦らしい)」

 そう、魔術師の男はその声を素通りする。無論、彼は月官(宮廷魔術師)であり、天官(国政事務職)でないからだ。
 『馬鹿らしい』のは世間の声と政府の打ち出した法案、その両方。
 国民が出生率を下げないよう、もう少し努力をすればあの法律は生まれなかっただろうし、もう少し人道的な政策を出せば国民は多少は静かだったろう。
 どちらにせよ、既に起こった今更の話であるので『馬鹿らしい』。
 あの法案のせいで地官(戸籍管理職)に余分な仕事が増えたと不満の声もあったはずだ。
 春官(祭礼運営職)は婚姻と離縁の手続きが多いと嘆き、秋官(刑罰運営職)もそれに関連する手続きが増えたとか。
 だが、冬官(土木工作職)に影響は無かった。ただ魔獣や魔力暴走者に破壊された箇所の修繕でずっと忙しい。

 つまりは『相性結婚』という制度は百害有って一利も()()()()()()()()()()()()()()()だった、ということだ。
 宮廷内で蔓延(はびこ)る噂によると、来年ぐらいまでは粘るそうだ。

「……」

 彼女は、『可哀想な子』なのだろうか。
 ふと過ぎった。

「(嗚呼、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、可哀想なのか)」

彼女自身は、『相性結婚』で結ばれることを嘆いていない。

×

「可哀想になぁ、平民と結婚させられるなんて」

 声をかけられた。ちょっといい家に産まれただけの貴族(凡人)だ。波風が立たないよう曖昧に答えて軽く()なす。

「(……見合い結婚と何が違う)」

 軽くやり過ごし、気配が消えたところで小さく息を吐く。
 今の者は政略結婚で婿入りした男だ。婿入りだから義父や義母、嫁との関係を悪化させないよう尻に敷かれているのだったか。
 そう考えればむしろ、『相性結婚』の方が金や権力の話が絡まない分気楽なはずだ。実家は堪ったものじゃないだろうが。

「(そういえば、世間体と見栄えも有りましたか)」

 色々な理由で全ての評価が底辺であり、どう足掻こうとも地の底まで失墜している魔術師の男には、全くもってどうでもいい話だ。
 それに『薬術の魔女』との婚姻は『薬術の魔女』を監視する魔術師の男自身の仕事を円滑にし、独り身を揶揄(からか)う声や『底辺でも良いから』と擦り寄る下びた話の誘いも簡単に跳ね除けられる。

つまり、彼としては利が多い。むしろ利しかない。

 だが、『薬術の魔女』(婚約者)の場合はどうだろう。
 そう考えたところで、自身の仕事場である研究室にたどり着いた。

×

 彼女は『薬術の魔女』と呼称されるだけの一般市民。評価は警戒付きだがやや高く、見目もそれなりによろしい。
 だから選ぼうと思えば、上位の貴族や見目の良い相手、婚姻するだけで自身の世間体や評価を上げる相手を選ぶことができたはずだ。

 自分以外の誰もいない仕事部屋で、軽く式神を召喚し資料整理をさせる。自身はそのまま研究を行いながら婚約者のことを考察した。

 ともかく『薬術の魔女』は、このままだと世間体を下げるだけの男と婚姻することになる。

「(流石に、多少は気にするのでしょうか)」

と思考し、いや気にしないだろう、と思い直した。
 ()()()()()()()()、名声に興味が無いのなら。
 しかし婚姻の相手が『自由を制限する者』だった場合は。
 例えば、彼女が『作りたい』と思った薬を『危険だから』と生成自体を制限するとか、『あの場所に行きたい』と願ってもそれを禁じるだとか。

「(……既に後者はやりましたか)」
 
 代替案を出せばどうにかなりそうだった。薬の知識はともかく、材料を採取できる場所の知識や移動方法は山ほど知っている。つまり彼女の好奇心をある程度満たすことができれば彼女の行動を操作できそうだ。

「(そう考えれば、御し易い娘だ)」

 それに基本的に『良い子』である彼女は仮に心の底から好く相手が現れたとしても、一度決めた約束を自ら破ることはないだろう。
 要するに、婚姻した後は監視以外で放っておいても問題はない。

 やはり、彼自身としては利が多い。利しかない。
 だから、利用される彼女が可哀想だと思う。
 できうる限りの自由を与えるつもりはある。
 見張っている関係上、全ては難しいかもしれないが。

 明日から、『春来の儀』に向けて身体を整えなければならない。食事も、行動も何もかもがほとんど指定される。
 優しい彼女は、儀式の内情を知ったなら、どう思うのだろうか。
 『かわいそう』だと同情を他人事のように言うのだろうか。それとも『ふーん、大変そうだね』と、普段のように無関心なのか。
 どうせ知られることはない。だが、終わった後、ほんの少しだけでも何か。

「……」

 は、と思考を止める。

「(私は今、何を)」

弱音を吐くなど、許される訳が無い。『古き貴族』の血を持った宮廷魔術師だから、死ぬまで使われる魔力袋になるのは必須だった。両親はそのつもりで投げ出しただろうし、自身もそのつもりであって覚悟もしている。
 だから、僅かでも気にかけて欲しいなど必要のない感情だ。慈愛(上っ面)ならまだしも、情愛(深い心)を求めるなど思うべきではない。
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