薬術の魔女の結婚事情

修学旅行五日目。


 移動の寝台汽車の個室で、薬術の魔女は昨日までの生兎でのレポートを読み返していた。
 寝台汽車に乗り込んだのは夕方で、一晩を汽車内で過ごし昼前ぐらいに祈羊に到着する予定となっている。

「(えっと、病院での介護のお手伝いに、育児施設で小さな子たちと遊んだり、歌を歌ったり……)」

 まだ新しい記憶なので、はっきりと思い出すことができる。

「(……結構、楽しかったなぁー)」

小さく満足気に息を吐き、座席である寝台に寝転がる。
 薬術の魔女は『病院で介護を行ったり、小さな子の相手を行ったりすることは苦ではないらしい』と、自身のことながら初めて気付いたことを日記に書き込んだ。

「(んー。でも、どちらかと言えば病院内に置いてあった薬や、育児施設内に置いてあった薬とかの成分や効果の方が気になっちゃったんだよねー)」

 やっぱり、薬に関わる仕事の方が良いのかな、となんとなく思う薬術の魔女だった。

×

「うわ、もうほとんど街の明かりが見えないや」

 暗い窓の外を眺め、薬術の魔女は呟いた。
 生兎の中心地を抜け、隣接する祈羊との境界がある地方の方へ移動しているのだ。
 街の明かりがほとんど消えた頃合いで、寝台汽車内の明かりの光度が半分以下にまで下がる。それと同時に、足元を照らす常夜灯と出入り口を示す非常灯が点いた。
 これは魔獣避けのためである。
 地方になると魔獣が現れやすくなり、魔獣は明るいものへ寄ってくる習性を持つ種類が多い。

「(……強そうな軍の人がいる)」

 汽車に乗った直後に購入したお弁当を個室で食べながら、薬術の魔女は仕切られた先の廊下に目を向けた。仕切りや壁で直接は見えないが、一般人ではない魔力の圧や存在感を感じる。
 彼らはこの寝台汽車が夜中に魔獣に襲われた時に対応するための軍人達だ。

「(わたしが帰省の時にいつも乗ってる汽車に乗ってくる人たちよりも、なんか強い気配……)」

 やはり、金がかかるほうが大切にされるのだろうか、と薬術の魔女はなんとなしに思う。

「(まあ、守ってくれるってのはありがたい話だから文句なんて言うつもりはないんだけどさー)」

 それから用事があって部屋の外に出た時、その軍人たちの姿を偶然見かけた。

「(……なんか、格好が派手で見栄えがいい感じのやつ着てる)」

 時と場合と場所によって見た目を変えているのだろうか、と考えてみる。実際、魔術アカデミーの学生やこの列車の利用者達はそれなりに良い身分の者が多い。それなりに『高級感』を出しているのだろう。
 浄化装置を起動させて身と服を清め、カーテンをしっかりと閉めた薬術の魔女は眠りに就いた。

×

 朝の光が差し込み、薬術の魔女は目を覚ます。なんとなく、差し込む光がやけに眩しい気がしたので、カーテンの隙間から外を眺めることにした。

「……わお、山しかない」

自然がいっぱいの、緑の山々に囲まれた地域を汽車は走行しているらしい。

「あー、あれなんて木だっけ……。お、あんなところに__があるー」

 と、薬術の魔女は通り過ぎて行く自然の植物達に目を輝かせた。

 それから少しして、景色の植物が減り始め岩肌が見え始めた。
 話によると、祈羊の地域は自然の少なく険しい山々が囲っているのだと聞く。なので、もうすぐ祈羊に到着するらしいと、薬術の魔女は悟った。
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