薬術の魔女の結婚事情

お土産とお話。


「お久しゅう御座います。……2週間振りでしたか」

 出迎えた魔術師の男は薄く微笑み、薬術の魔女に声をかけた。

「ん、ひさしぶり」

 屋敷内のにおいに、薬術の魔女は安心を覚える。それと同時に自身が、思っている以上に婚約者の家に馴染んでいるらしいと気付かされた。
 あらかじめ『修学旅行でのお土産を渡したい』と連絡を入れておいたので、薬術の魔女は先にその用事を済ませる。

「これ、お土産ねー」

 薬術の魔女は安堵から微笑み、魔術師の男に手土産の入った紙袋を見せた。

態々(わざわざ)、有り難う御座います」

 魔術師の男は薬術の魔女の持ってきたお土産を受け取り、

「……帰られますか?」

目を細めて彼女を見下ろす。その様子が、薬術の魔女には何かを心配しているような、恐れているように感じた。

「んーん。……もうちょっと、きみのところにいるよ」

 元々、すぐに帰るつもりもない。追い払われても、書庫にでも居座ろうと思っていたところだった。

「お土産のお菓子とか、一緒に食べたいなって思って」

「…………」

 魔術師の男は静かに薬術の魔女を見つめ、

「では、茶でも用意しましょうか」

と、懐から数枚の紙を取り出した。

「なに? それ」

「式神です。……以前にも云いましたでしょう」

 目を輝かせる薬術の魔女に、少し呆れた様子で答える。

「あ、お手伝いさんだっけ」

「然様。なので、此れ等に茶を用意させます」

そう言うなり、魔術師の男は札を放った。放った札達はそのまま台所の方へ飛んでいく。

「へぇー。便利だね」

「まあ……本来の使い方とやや違うのですが。手伝いをさせる点は同じでしょう」

なんて事もない、と魔術師の男はさも当然のような様子だった。

×

「これはねー、__で買ったんだー」
「これは、お友達とお揃いのやつ」
「それで、これは__の草でー」

 食堂に案内された薬術の魔女は、魔術師の男に勧められるまま椅子に座る。そして、式神の用意した紅茶を飲みながら、楽しそうに修学旅行での楽しい思い出を語った。

 初めは学友達の話が多かったものの、やがて初めて乗ったらしい高めの寝台汽車の話や修学旅行中に見かけた生き物や植物の話に変わっていった。

「……楽しんでいらした様ですね」

 一通り薬術の魔女の話を聞き、魔術師の男は紅茶を飲んで微笑む。

「うん。いっぱいおもしろいものが見られたもん」

満面の笑みで話す薬術の魔女を見つめながら、

「…………(ところ)で、」
「ん?」

「施設内での話をされておりませんが」

なるべく()()()()()()()()()()()魔術師の男は訊ねる。

「……ぎくっ」

 分かりやすく、薬術の魔女の細い肩が跳ねた。

「何か、あったのですか」

「な、なんもないよ」

口を尖らせ、彼女は目を横に逸らす。目が、すごく泳いでいた。

「…………」
「その目なに?」

「……いえ」

あまりにも分かりやす()()()様子に魔術師の男は一瞬、固まった。

「そうですか。……では、()の様な体験をなさったので?」

すぐさま我に返り、魔術師の男はいつも通りの顔に戻す。

「え、きみ興味あるの?」

「……えぇ。書類上とはいえ、婚約者のことですので。多少の把握はしておきたく」

「…………んー……」

 眉をひそめ答え(にく)そうにしているので、

「生兎は()()()()()()()()()其処(そこ)で、何を行ったのですか」

と、答え易くなるような質問をした。

「ん、介護体験と子どもたちのお世話をしたよ」

「成程。人の世話は大変ではありませんでしたか」

「うん! だいじょーぶ。楽しかったよー」

 そのお陰か、薬術の魔女はだいぶほぐれた様子を見せる。

「祈羊では?」
「え、全部?」

「はい。確か、聖職者の総本山と聞きますが」

「……ん゛」

 聞いた途端に、薬術の魔女は顔をくしゃくしゃにした。

「ふむ。……厳しい修行でも体験しましたか?」

「うん。厳しかった。……たった一日でもすっごく疲れちゃったから、修行をいつもやってるあそこの人たちはすごいなって思った」

「然様ですか。……彼らは、忍耐力が強いですからね」
「……あ、それでね、」

 露骨に話題を変えようとしたそれをあえて無視して、

「薬猿では?」

続きを促す。

「……」
「薬の研究や生成を行う場所だった筈ですが」

「……ん」

「あまり、宜しくない体験でもしましたか」

「…………いいたくない」

「例えば……」

 顔を隠す様に(うつむ)きがちに紅茶に口を付ける薬術の魔女を見据えたまま、言葉を投げかける。

「『出来損ない』の婚約者、とでも言われましたか」
「ん゛」

 眉を寄せ、硬く口を結んだ。肯定だろう。

「……まあ、事実ですので」

 やはり言われたか、と内心で舌打ちをしつつも魔術師の男は静かに薬術の魔女を見下ろす。

「『恥さらし』とも言われましたか。『貴族崩れでみっともない』と」

「ん……」

 薬術の魔女はなぜか、苦しそうな顔をした。そして、持っていた紅茶の器を置き顔を伏せる。

「……わたしは、そんなこと思ってないよ」

零した言葉は少し、震えていた。

「わたしから見たきみは、とってもがんばってる」
「っ、」

 顔を上げた薬術の魔女は、珊瑚珠色の目いっぱいに涙を溜めていた。

 彼女が、泣いている。

 魔術師の男はそれに思わず手を伸ばしかけて、止めた。薬術の魔女がそうなっている元々の原因は自身の事だったからだ。

「誰がなんと言おうとも……きみはすごいよ。貴族じゃないのに宮廷魔術師になったって事は、いっぱい勉強したって事だし」

 ずび、と鼻をすすって薬術の魔女は言う。

「すぐに魔術の術式を組めて、すごく短くできるのは、たくさん練習したからで」

言う間に、ぽろ、と涙が一粒溢れ落ちた。

「きみの作ってくれたごはんやお茶は、おいしい。普通の貴族は作れないもん」

 そう言うと、器に残った紅茶を飲み干した。

 自身の目元を拭った薬術の魔女は、

「帰る」

席を立つと短く言う。そして、魔術師の男を見た。

「……ね。また、本を読みに来てもいいかな。勉強教えてもらったり、一緒にごはん食べたりとか」

「…………えぇ。勿論です」

 魔術師の男は微笑み、頷く。
 その返答に満足したようで、薬術の魔女は魔術アカデミーの自室へと帰った。
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