魔界の王子は愛をご所望です

家族

その日の夜から、食事はふたりで摂ることにした。
シン曰く、魔族は人間の食事が食べられない訳では無く、嗜好品レベルという話だ。
彼が嫌ではないのなら食事を共にすることで何か掴めるものがあるかもしれないと提案したところ、ふたつ返事で乗ってきた。拍子抜けしたけれど、説得の手間が省けたと思おう。

「……美味しそう」

そして食卓にはメインディッシュの魚料理を始め、ふっくら焼きあがったパンが入ったバスケットに銀の皿に乗った果物やサラダが彩り豊かに私たちの前に現れた。

「これって誰が作ってるの?」
「そのアミュレットがお前の記憶を覗いて生み出してる」

カトラリーに手を伸ばしたシンがさらりと返した内容に、慌てて手首に揺れるアミュレットを見る。当たり前だが目玉は付いていなかった。

「食いたいっつーお前の欲望に、美味かった記憶が共鳴してるんだよ」
「夢みたいなもの?」
「まあ、似てるな」

だんだん口調が砕けてきたのを実感している。
シンのことをまじまじと見ても睨まれなくなったのは、彼も少しは心を許してくれている証だろうか。
お魚のポワレを切り分ける彼の手つきは堂に入っていた。人間式の食事は慣れているらしい。
ふと自分の皿を見ればパンプキンサラダがあった。つい、まじまじと見てしまう。

「……嫌いなのか?」
「う、ううん。好き……だけど」

自分の記憶から生まれた料理なら、これが出てくるのも頷ける。

「あの日、アイツはカボチャの煮物が食べたいって言ってたの。作ってあげるつもりではいたけど、私は和食より洋食が好きで……同じカボチャでもこういうサラダが食べたかった」

スプーンを差し入れ、ひと口食べる。友だちと遊びに行った時に食べたものと近い味がした。

「美味しい。一番美味しい記憶を再現できてラッキーかも」
「そうかよ」

シンのシニカルな笑みがふっと温度を持った気がする。

「……笑ったね」
「ああ? お前もだろ」
「そうか、な」

それ以上は言い合いにならずにお互い食事を進める。
ふと思い出したようにシンが怪訝な顔をした。

「そういえば、さっき言ってたワショクってなんだ?」
「ええっと……私の国の伝統料理。コメとかミソとか……聞いたことある?」

改めて和食を説明するとなると難しい。英語の授業の例文で見たような文章で説明してもシンにはピンと来なかったらしい。

「ま、俺もそのコメとやらよりこっちの方が馴染みがあるな。食の好みが合う方がお前もこっちで暮らすのに困らねえだろ」
「そうだね」

なんとはなしに頷いたけれど、シンは真顔で数秒固まった後に眉間に皺を寄せて「そういう意味じゃねえからな」と念押してきた。

「人間は食いもんがないと生きてけないだろ。悔しいが俺だけじゃ召喚もできねえし、父上はあれだし、詰みだ。だからだ」
「? うん。お父様はたったひとりの大切な家族なんだね」
「あー……真顔で言うなよ」

顔を覆って何度か首を振ったシンはグラスを煽った。照れてると思うと可愛らしい。
あんまり見ていると怒鳴られそうなので、いつの間にか部屋で遊んでいるクロとヤミを目で追っていた。

「あの子たちは家族? 友だち? 恋人?」
「さあな……考えたことなかった」

恋人はないだろ、と半目で笑い飛ばしたシンは記憶を辿るようにぽつりぽつりと話を続ける。

「使い魔は使い魔。使い勝手や従属させられるかどうかだ。種族や個体による能力差はともかく、個体同士の関係性なんて気にしたこともないな──おい、お前ら」

シンが呼びかけているというのにクロとヤミはそっちのけで飛び回っている。仮にも元ご主人様ではないのだろうか。
クロはツンとすまして完全スルーを決め込んでいるようだけど、ヤミは挑発するように笑いながらシンを見ている。どちらもなかなかいい性格をしている。

「……おい。どっちでもいいから答えろ。お前らに血縁関係はあるのか?」

しかし答えはない。シンがカトラリーを捻り潰しそうなので小声で助け舟を出してやった。

「名前を呼んであげて」
「名前ぇ? ……クロ、ヤミ」

舌打ち交じりの呼びかけにも関わらず二匹はあっさりこちらを向いた。彼らにとって名前は大切なものなのだろう。

「お前らは家族か?」
「ワカラナイ!」

クロの即答だった。ヤミがそれに続く。

「デモ、ダイジ!」

すいとヤミが私の肩に止まった。

「ゴシュジン、ダイジ、イッショ」
「あ……りがとう」

コウモリに頬ずりされるなんて初めてで身構えてしまったけど、ぱちくりと瞬きした瞳は害獣というよりマスコット的な愛くるしさがある。
そもそも触って大丈夫なのか、と躊躇しつつも魔界に毒されて──というか麻痺してきた感覚でそっと頭を撫でてやればヤミはキュッと小さく鳴いた。

「ヤミは甘えたさんなのかな」

キュウキュウと鳴いて頭を押しつけてくるヤミの求めるままに撫でていると、シンが信じられないものを見る目でこちらを見ていた。

「お前、見分けがつくのか」
「うん。ずんずん我が道を行く方がクロ、ちょっと立ち止まるのがヤミだよね」
「ネー」
「俺にはどっちも同じに見えるがな」

不貞腐れ気味に頬杖をついたシンに、クロが急降下して頭をつついた。

「チガウ! チャントミロ」
「いってえ! っつーかお前口の利き方雑になってきてねえか!?」

クロとシンの喧嘩を取り成しつつクロの翼を見れば、火傷の跡がまだ赤く残っていた。この見分け方は教えないでおこう。

「──うん。家族みたい。シンも含めてきょうだいに見える」

聞こえるか聞こえないかの呟きはしっかり届いていたらしい。シンとクロが揃ってこちらを見た。ヤミもこてんと首を傾げている。

「言いたいことぽんぽん言えて、一緒にご飯を食べて、笑ってる。あったかい家族って感じ?」

最後は茶化すように語尾を上げたが、シンは不機嫌そうに口を噤む。からかい過ぎたかと反省したが、咳払いの後に私の声より小さく「お前も」と呟いた。

「お前だってここで飯を食ってる。無意味にへらへら笑ってる。お前の記憶にあるメシが美味いからだ。だから、梓も──」

聞き返すより早く矢継ぎ早にまくし立てられ、最後の最後は濁された。けれど、言いたいことは伝わっている。

「…………………ありがとう」

その後は塩味が強い食事になった。
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