時の縦笛
「おーい、里美? 大丈夫?」
友達が私の目の前で手のひらを泳がせる。
「( ゚д゚)ハッ!」
「もー、里美。顔文字になってるよー」
「あ、うん。ごめん」
「なんかお昼の後から里美変じゃない?」
「そっ、そうかな? 普通だよ、普通」
言葉ではそういうが、心の中は普通ではなかった。
フミヤ先輩のイケボが何度もリフレインしている。
『またな』
またな――これはまた会いましょう。または今度お会いしましょうという意味であり、再会をしましょうという意味がある。
当たり前の事だけどそういう事だ。
つまりフミヤ先輩と私は『またな』するわけなのだ。
えっ、えっ、ええっ、これってどういう意味? なんでまたなの? フミヤ先輩と私がまたなってどういう事?
エッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?
「おーい、里美。また顔文字になってるよー」
「あっ、ごめん」
「謝らなくてもいいけどさ。ほらほら、もうすぐメインディッシュが始まるよ」
今から体育祭の花形競技であるリレーが行われようとしていた。
各学年のクラスから選りすぐりの足自慢たちが出揃い熱い死闘を繰り広げる青蘭高校体育祭で一番盛り上がりを見せる競技でもある。
グランドには競技に参加する猛者たちが次々と登場し、会場のボルテージもどんどんと上がっていった。
「ほらほら、やっぱりフミヤ先輩も出て来た!」
フミヤ先輩。
その言葉に私は思ずドキリとしてしまう。
今朝まではまったく意識していなかったし、別次元の生物だと思っていたフミヤ先輩だが、今はなんだか違っていた。
「里美も見て味噌!」
「あっ、うん」
友達に言われるままに視線を動かすとそこにはフミヤ先輩がグランドの中に入ってきたところだった。
周囲から黄色い声援が上がる。
スポーツ万能、背も高くてイケメンでイケボ。周りの子たちがそうなるのもよくわかる。これは当たり前の事なんだ。
今までならそんな事なんて自分には関係ないので気にならなかったのに今はなんだか気になってしまう。
そして私自身も今までじっと見たこともなかったフミヤ先輩を見つめてしまう。
これから走るからだろう。フミヤ先輩は入念なストレッチを行っている。
長い手足が動くだけでなんだかかっこよく見えてしまう。
ただ私はフミヤ先輩の足元に釘付けになってしまった。フミヤ先輩が履いているあの靴。
間違いない。あの靴は――SYUNSOKU。
「フミヤ先輩、本気(マジ)なんだ」
私の胸はまたドキリと高鳴った。
と、ストレッチを終えた先輩と目があった。
でもきっと気のせいだろう。
そう思っていたけど先輩がこちらに向かって歩いてくる。
えっ、どういう事!?
間違いない。先輩は私をまっすぐに見つめて私の元へやってきている。
「里美」
私のそばまで来るとフミヤ先輩が私の名前を呼んだ。
なんで私の名前を知っているのかとか色々と疑問は浮かんだけどイケメンだからすべて許された。
私はまたゆでダコになる。
何も言えずにいるとフミヤ先輩は続けた。
「おまえと付き合ってやってもいいぜ」
「えっ、ええっ!?」
私は驚いた声を上げる。だがそれ以上に周りも驚いていた。
だがそんな事気にしていない態度のままフミヤ先輩は私に近づいてきた。
「どうなんだ?」
「えっ、あっ、でも……」
「なんだ。答えられねぇのかよ。じゃあわかった。俺がこのリレーで勝ったら付き合うっていうのはどうだ?」
フミヤ先輩はそういうと私の答えを聞かずに踵を返してグランドに帰っていく。
「決定だからな」