魔王と呼ばれた結界師は王女様がお好き
 末の姫だからか、たくさん守られて甘やかされて育ったユリア。
 蝶よ花よと大切にされ、大人しく優しい姫となった。
 ストレートの金の髪をふわふわな毛皮で作られた髪留めで飾っていることから、貴族たちはもちろん平民からも《ウサギ姫》と呼ばれている。

 今も寒さと恐怖に震える様はウサギを連想させるのだろう。
 塔に着いてから初めて口を開いたジェラールからもその呼び名が出てきた。

「愛らしいな、まさに《ウサギ姫》と言ったところか。……だがそのままでは冷える。こちらへ」

 魔王と呼ばれているとは思えない程優雅な仕草で手を差し出すジェラールに、ユリアは数拍迷う。
 この手を取って良いものか、と。
 だが、冷えるのは事実だし震える足では自力で立ち上がるのも難しそうだ。
 恐ろしい相手ではあるものの、結婚を望んでいるのならそれほど酷いことはしないだろう。

「……ありがとうございます」

 手を取り立ち上がって、少し迷いつつ礼の言葉を口にする。
 自分を拉致した相手に礼を言うのは何とも複雑な気分だった。

「……いや」

 だが、冷たさしか感じなかったジェラールの口元に笑みが浮かぶ。
 僅かに細められた赤い目には優しさが垣間見えた気がした。

 そのままエスコートされて暖炉に火がついた温かな部屋へと案内される。
 丸いサイドテーブルと共に置かれた椅子に座るよう促され、いつの間にか用意されていたティーセットで紅茶を淹れてくれた。

「……」

 思っていたより手厚いもてなしに、ユリアは驚き出された紅茶をまじまじと見る。
 フルーティーな香りの紅茶は高級なものだとすぐに分かる。
 独特のこの香りは城でも何度か飲んだことのある茶葉だ。
 春にしか味わえないもので希少性が高く、毎日飲めないのを残念に思ったのを覚えている。
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