先祖返りでオーガの血が色濃く出てしまった大女の私に、なぜか麗しの王太子さまが求婚してくるので困惑しています。

1話 悪目立ちする容姿

 オルコット王国の第三王女ヘザーが会場に入ると、子どもにしては高すぎる背と女の子にしては逞しい体つきに、そこにいた人々の好奇の目を一身に集めてしまった。



「……もしかして私、悪目立ちしてる?」



 10歳のヘザーは、ジロジロと向けられる無遠慮な視線に居たたまれなさを感じ、銀色のドレスの襞をきゅっと握りしめると俯いた。

 そのまま、目立たないよう壁際へ、トボトボと歩いていく。

 たっぷりの刺繍がほどこされた、美しいドレスをまとった高揚感は、すっかり消えていた。



 両親や年の離れたふたりの姉からは、真っすぐな深緑色の髪が神秘的だの、黄金に輝く瞳がまぶしいだの、さんざん褒めそやされて育ってきたヘザーだが、それが身内の欲目だったのだと分かる。

 このお茶会には、メンブラード王国の王太子アルフォンソの9歳の誕生日を祝うため、ヘザーの他にもたくさんの同年代の高貴な女の子たちが招待されている。

 そんなお人形のような彼女たちと自分を比較して、高かったヘザーの自己肯定感は、あっという間に地を這った。

 

(可愛いという言葉は、ここにいる小柄な令嬢や華奢な姫にこそ相応しいわ)

 

 ヘザーは知らなかったが、集められているのはアルフォンソの将来の婚約者候補たちだった。

 そんな華やかな少女の集まりの中、大人顔負けの体格のヘザーは異分子でしかない。



「私みたいな大女は、場違いだったみたい」



 あまりにも世間知らずな自分が恥ずかしい。

 オルコット国では貴重な先祖返りとして、オーガの血が色濃く表れたヘザーの容姿は崇められているけれど、他国では奇異に感じられるのだと理解してしまい、ヘザーの気持ちは下がっていった。



 その昔、誠実で勇敢なひとりのオーガによって国難を乗り越えたオルコット王国は、そのオーガに爵位や領地を授けて恩義に報いようとした。

 しかし、そのオーガが望んだのは、たった一人の女性だった。

 王族につらなるその女性への恋心だけで、オーガは崩壊しかけた国を命懸けで救ったのだ。

 オーガと恋仲だった女性は喜んで嫁いだ。

 当時の国民はふたりの恋を静かに見守り、その物語は今の今まで語り継がれている。

 

 以来、オルコット王国では、オーガのような頑健な体を持って生まれてくる王族が、まれに現れた。

 そんな先祖の血が脈々と連なり、今のヘザーにも流れている。

 ヘザーの外見は、10歳の少女にはあり得ない長身と、その辺の騎士並みに逞しい体で、いくらきらびやかなドレスをまとっていても、明らかに会場の雰囲気から浮いていた。

 大国であるメンブラード王国のお茶会だから、見たことがない珍しいお菓子もあるかもしれないと、10歳らしい期待を胸にここへ来たヘザーは溜め息をつく。



「これでは何をしても、注目を浴びてしまうわ。もういっそのこと、早く帰りたい……」



 がっかりしたヘザーが、名残惜しそうにお菓子が並べられたテーブルを眺めていたそのとき、庭に続く会場の出入り口付近が、わっと黄色い歓声で沸いた。

 このお茶会の主役、王太子アルフォンソが現れたのだ。



「今日は僕のためにお集まりいただき、ありがとうございます!」



 その台詞を言う間に、アルフォンソは周りを少女たちに取り囲まれ、ふわふわのドレスの向こうに見えなくなった。

 ヘザーの位置からは、かろうじてアルフォンソが黒髪であることと、その瞳が苺キャンディのような甘い赤色であることがうかがえる。

 着飾った少女たちの華やかさに劣らない麗しい容貌のアルフォンソに、婚約者候補たちの熱気は高まっていく。

 はしゃいだ様子の女の子たちの視線は、今ならアルフォンソに釘付けだ。



(チャンス到来よ!)



 ヘザーはお菓子が並ぶテーブルにササッと近づくと、皿に載せられるだけのお菓子を載せる。

 色とりどりのお菓子たちは、ヘザーが思っていた通り、どれも見たことがないものばかりだった。



「これは何かしら? 色が違うと味も違うの? 甘いのか酸っぱいのか分からないものを口に入れるのは、勇気がいるわね」



 嬉々として、皿に盛ったお菓子をフォークに刺して、食べ始めるヘザー。

 アルフォンソのいる方からは、「ご趣味は何ですか?」「どんな本を読んでいらっしゃるの?」「お休みの日は何をしますか?」など、可愛らしい質問が飛び交っている。

 それに対して律儀に答えているアルフォンソの柔らかい声が、ヘザーのいるお菓子コーナーまで届いた。

 この問答が続いている間は、ヘザーは安心してお菓子を食べられる。

 テーブルの端から端まで、目移りするほど並んだお菓子のトレイの前を何往復もし、ヘザーのおかわりが5回目を迎えたときだった。

 

 ゥヴォン!



 野太くて力強い鳴き声が聞こえた。



「みんなに紹介するよ。父上からの贈り物で、今日から僕の親友になったウルバーノだよ」



 嬉しそうなアルフォンソの声に続いて、女の子たちの甲高い悲鳴があがった。

 それまでアルフォンソを中心に、八重の花が咲くように集まっていた少女たちが、会場中をてんでばらばらに逃げ回る。

 キラキラしたドレスが翻るのが嬉しいのか、アルフォンソにウルバーノと紹介された何かは、ウォンウォンと弾むように鳴いていた。

 女の子たちの密度が減って、ヘザーにもようやくウルバーノの正体が分かる。

 銀色の長毛種の大型犬に見えたウルバーノは、ヘザーと同じ金色の眼をしていた。

 アルフォンソの腰まで体高があるウルバーノは、仔犬のようにその場で跳ねてはしゃいでいるが、仔犬であのサイズならば、ただの犬ではないだろう。



(あの子、フェンリルの血が混ざってる?)

 

 甘酸っぱい柑橘のソースがかかった揚げドーナツを咀嚼しながら、ヘザーは遠くから騒ぎを眺めていた。

 庭に続く出入口から、数人の騎士がやってきて、混乱のもとであるウルバーノを退場させようとする。

 遊んでもらえると勘違いしたウルバーノは、騎士たちと追いかけっこを始め、さらに少女たちの悲鳴が会場に響き渡った。

 ウルバーノはあまり歩くことに慣れていないのか、後ろ足で立ってじゃれつき、ごろごろ転がって逃げる。

 そうするうちに、アルフォンソから遠く離れて、ヘザーの足元までやってきた。



(しまった、こちらに視線が集まってる……)



 キャーと叫んで、ヘザーも逃げたら良かったのだろうが、左手にはまだ山盛りのお菓子が載った皿がある。

 これを手放すのは惜しい。

 しかし持ったまま走り出すには、積んだ揚げドーナツのバランスが悪く転がりそうだ。

 悩んでいる内に、ふんふんと匂いを嗅ぎながら、ウルバーノの鼻先がヘザーの手元へ近づいてきた。

 ヘザーはそっと左手を持ち上げ、お菓子たちをウルバーノから遠ざける。



「これは、あなたには食べられないのよ」



 冷静にたしなめるヘザーの前で、ウルバーノは「くうん?」と鳴いてお座りをした。

 銀色のドレスを着たヘザーに、銀毛のウルバーノは親近感を抱いたのだろうか。

 尻尾をぱたぱたと床に打ち付け、金色の瞳をキラキラさせてヘザーを見上げてきた。

 

(困ったわ……撫でてあげたいけど、そうしたら、また周囲から変な目で見られるかな?)



 どうやら一般的な少女たちにとって、大型犬というのは恐怖の対象のようだ。

 ウルバーノが後ろ足で立ち上がれば、軽く彼女たちの背丈を越すのだから、それもそうだろう。

 しかし、ヘザーにとってフェンリルの血が混ざるウルバーノは、やんちゃな仔犬でしかない。

 そんなウルバーノにじゃれつかれたところで、ヘザーは恐ろしくもなんともないのだ。

 

「ごめんね、ウルバーノが怖がらせてしまった?」



 騎士と一緒にウルバーノを追いかけていたアルフォンソが、ウルバーノを後ろから抱きしめて捕まえ、固まっていたヘザーの心配をする。

 だがヘザーの顔を見るなり、驚いたように大きく目を開いた。



「あれ? 君、子ども……なの?」
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