先祖返りでオーガの血が色濃く出てしまった大女の私に、なぜか麗しの王太子さまが求婚してくるので困惑しています。

15話 離れ離れになっても

 道中、大きな問題もなく、ヘザーはオルコット王国へ帰ってきた。

 最後の逢瀬となった、あの夜のアルフォンソを時々思い出しては、懐かしがったり寂しがったりしながら。

 城に着いてまず出迎えてくれたのは、姉たちだった。

 背丈はヘザーの肩あたりしかないけれど、強く美しく逞しい自慢の姉たちだ。

 親愛の意味を込めてバンバンと背中を叩かれ、父と母が待つ私室へと一緒に向かう。

 そしてそこで、ヘザーはメンブラード王国での出来事を報告するのだった。



「こうなるだろうとは思っていた。アルフォンソ王太子殿下は、私にもずっと手紙を書いてくれてね。この6年間、文通していたのはヘザーだけではなかったのだよ」



 わはは、と国王である父が笑う。

 その横で微笑んでいる王妃の母も、嬉しそうに内情をばらす。

 

「アルフォンソ王太子殿下はね、手紙の中で『どうしたらヘザーと結婚させてもらえますか?』って一生懸命だったの。私たちは『娘の結婚に関しては、本人の判断に任せています』と返したのよ」

「そしたら、どうだ。この6年間、一途にヘザーを口説き続けた」

「感心したわ。こんな辺境の王女を、大国の王太子が見初めるなんて、物語のようなことが本当にあるんだってね」

 

 父と母が頷き合っている。

 そこへ姉たちも口を挟んだ。



「だから私たちが指導したのよ」

「ヘザーがメンブラード王国へ行っても、恥ずかしくないようにね」

「私たちにとっても、いい勉強になったわ」

「選定の儀で、教えたことは通用したでしょう?」

 

 知らぬはヘザーばかりで、家族はアルフォンソの本気の恋を応援していたのだ。

 

「選定の儀のことまで知っていたの? 私が招待されるって分かってたの?」

「娘が嫁ぐかもしれない国について調べるのは、親心だよ。そもそも6年前のお茶会に招待された時点で、可能性はあったわけだから」

「でも……私、アルフォンソさまを信じてなくて……」

「それを信じさせるのは彼の役目だ。私たちは可愛いヘザーが嫌な思いをしないで済むよう、釘を刺すくらいしかしてやれなかった」



 ハッとヘザーは思い出す。

 頭ひとつ飛び抜けているヘザーを見ても態度を変えなかった侍女や、他の候補者たちへ紹介してくれようとしたカサンドラを。

 きっと父がアルフォンソとの文通の中で、お願いしてくれたのだろう。



「ありがとう、お父さま。おかげで楽しく滞在できたし、お友だちがたくさん出来たの」

 

 生まれ育ったオルコット王国で、家族水入らずの団欒を過ごせるのは、あと2年間だけだ。

 そう思うと、目の奥が熱くなるが、別れはまだ先だ。

 今はこうして温かい時間を共有できている。



(すべての瞬間を大切にしよう)



 ヘザーを囲んで夜更けまで、土産話に花が咲いた。



 ◇◆◇



 オーガ姫の帰還に国中がお祭り騒ぎとなり、ヘザーの毎日はとたんに忙しくなった。

 メンブラード王国へ嫁ぐと決まった末姫を祝うため、催される地方行事のひとつひとつにヘザーは顔を出す。

 同時に、嫁入り道具の準備が始まり、姉たちの協力を得て持参するものを決めた。

 そして再開されたアルフォンソとの文通が、ヘザーの楽しみとなる。



『愛しのヘザーへ。父上にオルコット王国に伝わるオーガの恋物語のことを話したら、ちょうどうちにも似た話があるじゃないかと言い出して、誘拐犯を捕まえたヘザーの活躍が、近々メンブラード王国で物語になりそうだよ。父上は、ヘザーが国民に受け入れてもらいやすいように、心配りをしてくれたのだと思う』



『愛しのヘザーへ。ガティ皇国のマノン皇女から、頭よりも大きな柑橘が贈られてきたけど、ヘザーにも届いている? 料理長に聞いたら、どうやら皮もお菓子に出来るそうだよ。ヘザーは柑橘のお菓子が好きだよね? よかったら今度、レシピを聞いておくね』



『親愛なるアルフォンソさまへ。今日は地方の行事に参加して、たくさんの国民からお祝いの言葉をいただきました。そこでフェンリルの血が流れるウルバーノの話をしたら、どうやら最近その地方の山奥にも、似たような大きさの山犬がいるそうです。もしかしたらその山犬にも、フェンリルの血が流れているのかもしれませんね』



『愛しのヘザーへ。カサンドラ経由で聞いたのだけど、ウルバーノの母犬はネイト君の父上の飼っている、血統書つきの大型犬らしい。それが、いつのまにか妊娠していて、生まれた仔犬のうち二匹だけ、フェンリルの血が色濃く出たそうだ。どこかに雄のフェンリルがいて、自分の子孫を残そうとしているのかもしれないね』



 手紙を送ってくる回数は、圧倒的に筆まめなアルフォンソが多く、ヘザーはなるべく間が空かないように返事をした。

 ヘザーの文机の引き出しは、アルフォンソの手紙でいっぱいになったので、改めて大きな箱を用意してもらい、そこに仕舞うようにした。

 ヘザーはこっそりと、その箱を宝箱と呼んでいる。

 

『愛しのヘザーへ。会いたいな。僕が王太子ではなかったら、ウルバーノの背に乗って、ヘザーの国まで駆けて行くのに。でも王太子だったから、ヘザーと出会うことが出来たんだよね。難しい問題だね』



『親愛なるアルフォンソさまへ。もっとお互いの国が近ければ良かったと、私も思います。そしたら私の方から、アルフォンソさまに会いに行けるから。ウルバーノほどは走れないけれど、多分、馬よりは走れると思うんです。ヒールを履いていなければの話ですけど』



 誘拐犯が幌馬車で逃げようとしたときも、一瞬、このまま追いかけようかなと思ったくらいには、ヘザーは長距離も走ることが出来る。

 だが、万が一にも取り逃がしてはいけないし、行く先で仲間と合流されても困るから、あのときはウルバーノの力を借りた。

 そんなヘザーの逞しい手紙を、アルフォンソが胸をときめかせながら読んでいるとは、ヘザーは思いもしない。

 ただ、こんな女の子らしくない素性を明らかにしても、アルフォンソには嫌われないと分かっているから、ヘザーはヘザーのままでいられる。

 

 ヘザーとアルフォンソは、離れ離れになっても、心を繋げたまま2年間を過ごした。



 ◇◆◇



 ぅおぅおぅ!



「トレイシーとのお別れは、私も悲しいのよ?」

 

 うぉぉん!



 ヘザーの前で、ヘソ天して駄々をこねているのは、大きな黒い山犬だった。

 山犬と言うには、いささか大きすぎるトレイシーとは、地方の山奥で出会った。



 今から半年前、噂の大きな山犬を実際に見てみたくて、ヘザーは山に詳しい猟師に案内を頼み、山に分け入った。

 オーガ姫の凛々しい登山姿に、地元で大きな歓声が沸いたことは言うまでもない。

 いつもは隠れるように過ごし、めったに姿を見せない山犬が、このときは何故かヘザーの前にすんなり現れる。



「オーガ姫さま、あの黒い山犬です。鹿ほどもあるでしょう?」

「本当だわ。ウルバーノよりは小さいけど、山犬にしては大きすぎるわね」



 猟師の指さす先には、豊かな黒毛をまとうしなやかな体躯、知性を感じさせる黄金の瞳、間違いなくフェンリルの血が流れる山犬がいた。 

 そしてキラキラした眼を、じっとヘザーに向けたのだった。

 

(既視感があるわ。これ、確かウルバーノのときにも――)



 ゥオオオン!



 突然の山犬の鳴き声に腰を抜かした猟師の横で、ヘザーは近づいてくる山犬を待つ。

 そしてヘザーの足元で自信たっぷりにヘソ天をして見せる山犬に、懐かれるのだった。



 地元の人々にフェンリルの血が流れている山犬だと説明し、地方の山奥で静かな共存の道を歩んでいたのに、ヘザーがオルコット王国を出発する日になっていきなり、王城へやってきてしまった。

 そして、どこへも行かせないと、馬車に乗り込もうとしたヘザーの足元で、先ほどからごねているのだ。

 

「私が遠い国へ行ってしまうと、分かっているのね。本当に賢くて偉い子だわ」

 

 雌だと分かった時点で、「トレイシー」と名前を付けてしまったのがいけなかったのか、ヘザーは山犬に情が湧いている。

 行かないで、と甘えるトレイシーに、今にも絆されようとしていた。
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