先祖返りでオーガの血が色濃く出てしまった大女の私に、なぜか麗しの王太子さまが求婚してくるので困惑しています。

4話 傾いていく心

「ヘザーさえ良ければ、ウルバーノに乗ってみない?」



 構ってもらう順番待ちをしていたウルバーノを、ヘザーが両腕を伸ばして撫でていると、アルフォンソがそんな提案をしてきた。

 首回りをわしわし掻いてもらってご機嫌なウルバーノには、確かに鞍のようなものがついている。



「乗れるんですか?」

「ヘザーを驚かせようと思って、内緒で訓練していたんだ。この国境にも、ウルバーノに乗ってきたんだよ」

 

 嬉しそうなアルフォンソと違って、護衛騎士たちはげっそりしている。

 走るウルバーノについていくために、馬を全力で疾走させたのかもしれない。

 ヘザーが呆れた目で見たせいか、アルフォンソが慌てて言い訳を始める。



「僕はウルバーノがいるから、護衛はいらないと言ったんだよ。それでもついてきたんだ」

「当たり前です。国外にも出さずに大切に育てている唯一の後継者が、護衛もつけずにホイホイ出歩ける訳がないでしょう?」



 年の離れた姉たちに教育されているヘザーは、ひとりっ子のアルフォンソよりも、よほど従者たちの苦労をわきまえていた。

 しっかりアルフォンソを叱ってくれるヘザーに、護衛騎士たちは感動している。

 

「僕だけ、はしゃぎ過ぎたよ」



 護衛騎士たちに、迷惑をかけたと謝るアルフォンソに、ヘザーは好感を抱いた。

 やや傲慢なところがあるのは、王太子として育った環境のせいもあるのだろう。

 だがこうして注意をされれば、アルフォンソは素直に受け入れる。

 

「アルフォンソさま、私のために国境まで来てくれたのでしょう? 歓迎してもらえて嬉しいです」

 

 反省してしょげているアルフォンソに、励ますつもりでヘザーは感謝の意を伝える。

 まさかここで会えるとは思っていなかったので、本当に嬉しかったのだ。

 ヘザーに一刻も早く会いたいというアルフォンソの気持ちが、ヘザーの心を温かくした。



「ずっと願っていたからね。城で待つなんて、無理だったんだ」



 照れくさそうなアルフォンソの笑顔が眩しい。

 ヘザーが目を細めていると、アルフォンソがしゃがみ込んで、ヘザーの背中と膝に腕を回す。

 え? と思う間もなく、横抱きにされたヘザーは、アルフォンソによってウルバーノの鞍に乗せられた。



「私、重たいのに……っ」

「あはは、重たくないよ。重たいっていうのは、ウルバーノのことを言うんだよ。圧し掛かられると、僕が潰れるからね」



 ウルバーノと比べたら軽いかもしれないが、それでも一般的な女性と比べたら、ヘザーは背丈や筋肉があるから重たいのだ。

 恥ずかしくて俯いているヘザーをよそに、ウルバーノにまたがったアルフォンソは手綱を握る。



「僕に体を預けていてね。揺れ方が馬とは違うから、慣れるまではゆっくり歩くよ」

「このまま、王城へ行くのですか?」

「きつかったら馬車も用意しているから。しばらくは二人乗りを楽しみたいんだ。駄目?」



 我が儘を言っている後ろめたさがあるせいか、眉尻を下げているアルフォンソ。

 それに胸がきゅんとしてしまったので、ヘザーの負けは確定した。



「駄目じゃありません。私もウルバーノに乗ってみたかったから」

「良かった。ウルバーノは城壁だって飛び越えるんだ。すごくカッコいいんだよ!」

 

 アルフォンソが早口になり出したので、ヘザーは思わず笑った。

 9歳のときと、癖が変わっていない。

 笑顔を見せたヘザーに、アルフォンソの表情も緩んでいく。



「会いたかったよ、ヘザー。こうして僕の腕の中に君がいるなんて、夢みたいだ」



 ロゼワインのように赤い瞳を潤ませて、アルフォンソにそんなことを言われたら、たいていの女性は恋に落ちてしまうだろう。

 かつてはアルフォンソの気持ちを疑っていたヘザーだって、例外ではない。

 可愛い女の子の範疇から自分が外れていると知って、意気消沈していた10歳の少女はもうどこにもない。

 6年間、一途に想ってくれたアルフォンソへ勢いよく傾いていく心を、ヘザーは止められそうになかった。

 

 ◇◆◇



 頑健にできている身体のおかげで、ヘザーはウルバーノの乗り心地にこれといった不便を感じず、アルフォンソが徐々に速度を上げていっても、問題なく王城まで辿り着いてしまった。

 かなり速かったと思ったが、護衛騎士たちによると、行きよりも随分ゆっくりだったらしい。

 

「もっとヘザーと一緒に居たい」



 そう言ってヘザーを抱きしめて、ウルバーノから降りようとしないアルフォンソを見るに、二人乗りの時間を長くするため、わざと遅く走ったのだろう。

 飛び出して行ったアルフォンソの戻りを聞きつけて、側近たちが駆け付けるまで、アルフォンソはすりすりとヘザーに頭をこすりつけ、ウルバーノのようにくんくん匂いを嗅いでいた。



「まだヘザーが足りない」



 悲しそうに告げるアルフォンソを、側近たちは容赦なくヘザーから引きはがし、執務室へ連行しようとする。



「婚約者候補のお迎えは、王子の仕事ではありません」

「担当の者にお任せください」

「ヘザーさまだけ特別扱いをしては、他の婚約者候補に顔向けができませんよ」

「もう少し我慢をしてください」

 

 さんざん注意をされてしゅんとしているアルフォンソに、ヘザーは「また後で」の意味を込めて、こっそり小さく手を振った。

 それを見たアルフォンソが目をキラキラさせて、ぶんぶんと大きく手を振り返してきたので、こっそりの意味がなくなってしまったのだが、それでもアルフォンソが元気になったようでヘザーは安心した。



 ◇◆◇



 アルフォンソが引きずられていくのと入れ違いに、本来ヘザーを案内する役だった侍女が到着した。

 すでにアルフォンソと一緒に派手に登場してしまったので、城中の視線を集めてしまったといっても過言ではないヘザー。

 今さら背の高さで浴びる奇異の眼など、なんだか些細なものに思えてきた。



「どうぞ、こちらでございます。他の方々はすでに別の部屋を与えられ、滞在されています」

「私が一番遅かったのですね」

「仕方がありませんわ。ヘザーさまのオルコット王国が最も遠いのですから」



 侍女はヘザーの長身に驚きもせず、親切に賓客用の部屋の説明をしてくれた。

 もしかしたらヘザーの容姿について、前もってアルフォンソから通達があっていたのかもしれない。

 気品のある部屋の中を見て回り、隣接する共同施設や談話室の使い方を教わっていると、ちょうど歓談をしている集団と出くわす。

 おそらく、豪奢な長椅子に座っている淑女たちの全てが、アルフォンソの婚約者候補だろう。

 

「あら、もしかしてヘザーさまではなくて?」



 その中から、豊かな金髪をなびかせ、輝石のような青い瞳をきらめかせた女性が立ち上がり、ヘザーへ声をかけた。

 

「わたくし、メンブラード王国ラモン公爵家の長女で、カサンドラと申します。どうぞ、お見知りおきください」

 

 高貴なオーラをまといながらも、気さくな態度で自己紹介をするカサンドラに、ヘザーも挨拶を返した。



「初めまして。オルコット王国のヘザーです」

「ようやく、ご本人にお会いできましたわ。わたくし、6年前のお茶会を欠席してしまって、アルの騒動を見損ねたのです。ですから今度こそ、ヘザーさまとお友だちになりたいと思っていましたのよ」



(アル? それはアルフォンソさまの愛称?)



 小柄で可愛らしいカサンドラが、アルフォンソを愛称で呼んだことに、ヘザーの心はざわつく。

 オルコット王国で生まれ育ったヘザーと違い、カサンドラはアルフォンソと同じメンブラード王国出身だ。

 公爵家という高位な立場であれば、王族と交流する機会も多く、アルフォンソと知己であってもおかしくはない。

 それにしても愛称で呼ぶのは、親しい仲に限られるだろう。

 

「宜しければ、他の皆さまにもヘザーさまを紹介させてください。今も、わたくしの知っているアルの昔話を、皆さまに披露していましたのよ。何しろ同じ年に生まれたので、アルとわたくしは幼馴染で――」



 これ以上この場に居たくなくて、ヘザーはとっさに疲れた風を装い誘いを断る。

 

「到着したばかりなので、私は先に休ませてもらいます。お話はまたの機会に」

「それは気がつきませんで……申し訳ございません。ええ、是非ともまたの機会に」

 

 足早にあてがわれた部屋へ戻ったヘザーは、心配する侍女に一人にして欲しいと頼み、そのまま寝台へと倒れ込んだ。
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