雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

19 リスター家

 

 辺りは薄紫から青紫に変化して、レインの横顔がうっすらとしか見えない。波の音が静かに聞こえる。

「恥ずかしい話だろう、一度女性に布団に潜り込まれただけでこんなに症状が出るようになるなんて」

 レインは海を見ながら言った。レインは全てを淡々と話し続けた。それが彼の心を覆っている雪のようで無性に悲しかった。

「そんなことない」
「二十歳の美しい女性からのキスにそんな拒絶反応を出すなんて男としてありえないらしいよ。セレンにがっかりされると思って今まで言えなかった、私は弱い男なんだ」

 レインは私を見つめてそう言った。こんなにも傷ついた瞳をしているのにどうしてそんな風に言うのだろう。どれだけの人が無遠慮に彼を傷つけたのだろう。

「相手が女性とか、美しいとか、そんなことは関係ないわ。同意のないものは暴力よ」

 私は力を込めて言った。レインはそっと瞳を伏せる。きっと誰かの言葉で簡単に癒えるものではない。わかっているけれど伝えたくなった。

「ありがとう、でももう七年も前のことなのにずっと忘れられないのは弱さだよ。
 先日も……セレンとアナベルは全く違うのに。絶対に重ねたくないのに。女性と同じベッドに入っていると思うだけで苦しくなって……」

 レインの手が小さく震えている。ここで彼の手を取っていいのか、わからない。

「ごめん、セレン……」

 小さな声で謝る彼に私は手を差し出してみる。言葉で癒えないなら、こういう時は体温が必要なんじゃないだろうか。凍えたレインの手を温めたかった。
 おずおずとレインは自分の手を重ねてから、そっと握った。

「あったかい」

 彼にとって、触れることは暴力だったんだ。
 どうか、あなたの心が少しでもほどけますように、溶けますように、そう思って手を重ね続けた。
 どんな言葉を言っても今は気休めにもならないから。温度から伝わるものがありますようにと願う。

「アナベルはまだ私を諦めていない」

 しばらく海を眺めてから、レインはぽつんと言った。

「彼女の私への気持ちは恋心なんて可愛いものではない。彼女は私の子を産んで、女主人としてリスター家を掌握するつもりなんだ」

「女主人?」

「そう。父を殺したのはアナベルだ」

 予想していなかった言葉に私は驚いてレインを見つめる。彼の瞳にはちらりと怒りの炎が見える。

「元々、私は父と折り合いが悪かったと言っただろう?昔の私はずっと気弱で、父には出来損ないだと言われていた。だから私にはリスター家を継がせる予定はなかった」

「今は魔法省で働くほど優秀なのに?見る目がないのね」

 私の小さな抗議にレインは小さく笑った。

「父にはずっと頼れる親友がいてね、父の補佐官をしていた人だ。彼はとても優秀な人でリスター領の運営は父と彼と共同で行っていたんだ」

 リスター家といえば領地は広く、農業や工業も盛んで小国程の力がある。その領主の右腕となればかなり優秀なのであろう。

「彼には息子がいて、私の一つ下の年でセオドアと言う。父は妹のアメリアが十六になれば結婚させてリスター家を継がせるつもりだったんだ。
 しかし……二年前、アメリアが十五歳の時に父は死んだ。そして私が爵位を継ぐことになった」

「お父様の希望は通らなかったのね」

「ああ、父はいつ何があってもいいように遺言も残していたはずなんだ。だけどそれもなくなっていて。まだセオドアとアメリアは結婚もしていないから、自動的に長男である私が継ぐことになったんだよ」

「まさか……」

「うん、アナベルの策略だと思う。彼女はリスター家を自身の物にしたかった。
 私が出て行った後一度は私をあきらめて、父との子を産み、その子を後継者におくつもりだったんだろうけどついに子供はできなかった。
 父は酒と女に溺れて、補佐官と未来の領主のセオドアにほとんどの領地運営を任せていたから、セオドアが婿になればすぐに爵位を渡すつもりだったんだ」

 レインは一気に言葉を紡ぎ、ふうと息をつく。

「とにかく父は死に、セオドアとアメリアの結婚も一旦なしになった」

「レインが新しい当主になったのならなんとかできないの?」

「私はもう五年も離れていたからね、弱虫で情けない領主の言うことは誰も聞いてくれない。
 私の領地は広くてそれぞれの村や興した会社に有力者がいる。彼らは彼らで独立して力を持っているから、領主だからといって支配はできないんだよ。それに、アナベルが彼らと密接に繋がっている」

「そんな……」

「彼女は父を殺すまでに入念に準備をしていたらしい。領地内の有力者たちの愛人となっていたんだよ。アナベルの言うことには逆らえない。アナベルは手を出す範囲はわきまえていて直接的な経営には参加しない。セオドアが領地の管理は全てしてくれている。私はお飾りのリスター侯爵なんだよ」

 レインは首を振って自虐的に言った。

「そしてアナベルが求めているものは私と、その子供だ。
 爵位さえ継がせれば、戻ってくると思ったんだろうけど。セオドアと相談して、私はお飾りのまま、セオドアが実質的な領主の体制は変えなかったんだ。アナベルはそこは冷静な女でね、私を無理に領主においてセオドアを追い出しても、得にはならないと思ったみたいだ」

 義母は激情のまま動く人ではないようだ。こちらも慎重に動くしかなくなる。

「そして彼女はしびれを切らした。私に結婚などできないと思って条件も出した。今も仮面夫婦だとは思っているだろう。そのうち次の手を打ってくると思う」

「そうね……」

「私とセオドア、それからアメリアの願いは二人が無事に結ばれることだ。今回私が戻るか、結婚しなければアメリアを他の家に嫁がせると脅された」

「二人は想い合っているの?」

「うん、今はね。今まではお互いむやみに動かず膠着状態だったけど、今後アナベルが何もしないとは思えない。先日はアナベルが関係のない誘拐だったけど、彼女がそういったことをする可能性だって大きい」

 レインは真剣な顔で私を心配しているようだから、私は頷いた。

「全部打ち明けてくれてありがとう」

「私こそ。受け止めてくれてありがとう」

 彼の背景は予想以上に大きい。でも、傷ついた過去のレインごと抱きしめたい。
 抱きしめられないかわりに私はもう一度手に力を込めた。


「たくさん話したらお腹がすいたな、そろそろ夕食だから帰ろうか」

「そうね。どんなメニューかしら」

 レインは一旦手を離してから立ち上がるけど、また手を差し出してくれる。
 今はこうして手の温度だけで十分だ。私は手を重ねる。

 手を繋いで歩くと、同じ歩幅で歩けるんだった。またこうして隣で歩いてくれることが嬉しい。
 この冷たい手の主を温めたい。大切にしたい。愛したい。
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