雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

31 繋がる糸をつかむために

 

「コホッ……」

「ごめんね、埃っぽくて。でもこれだけ手入れされてない場所ならやっぱりここにはなさそうかな」

 私たちはレインのお父様の書斎にいた。
 レインの部屋と少しだけ似ている書斎は、部屋の両端に高い本棚がそびえ立っている。主人不在となった部屋はほとんど手入れされておらず埃が溜まっていた。貴重な物が多いので処分もできずそのままにしていたらしい。

 あの後、卵から漏れてくる声に動きがあったのだ。工業長が誰かと話す声で「レインが帰って来るなんて聞いていないぞ」から始まり、レインが戻ってきたこと、不正を疑われているのではないかと漏らした後に「でも重要な書類は全てリスター家だから」と笑っていたのが聞こえたのだ。

 やはりアナベルの手元にあるから証拠が掴めなかったのだろう。用心深い彼女が誰にでも入れる場所に隠しているわけはないだろうと思ったけれど、念の為にリスター家の書庫やレインのお父様の元書斎を確認した、というわけだ。

「でも興味深い本はたくさん見つかったわ」
「私も父の本好きには感謝していたからね。祖父の時代からの物もあるけど」

 晩年は酒と女に溺れたらしい先代――レインのお父様だけど、このリスター領を発展させてきたのだ、優秀なやり手ではあったのだろう。

「あっ、これ。かなり古くて手に入らなかった物だわ」
「持って帰ってもいいよ」
「嬉しい。ここは掘り出し物がたくさんあるわね」

 一冊の本を抜き取ってパラパラとめくってみる。古い紙の匂いがふわりと湧いてくる、私の好きな匂いだ。するとパサリと何か落ちた。

「肖像画だわ」

 そこには二人の若い男女が描かれている。女性は白髪でピンクの瞳――アメリア様にそっくりだ。隣には銀髪で同じくピンクの瞳の男性が。

「これはレインのご両親?」
「そう、父と母だ」
「レインとアメリアはお母様似なのね」
「そうだね」

 レインは絵を見て優しい目になる。若き日の二人は仲良さそうに寄り添っている。

「この絵は私がもらってもいいかな?」
「それはもちろん」
「アナベルが来てから母の絵はほとんど捨てられてしまったんだ。まだ残っているだなんて思わなかった」
「そうだったの」

 折れ曲がらないように、と絵をもう一度本の中に差し込んでおく。

「収穫はなかったけど宝物は見つかったわね」


 ・・


 その翌日、私たちは商会事務所にて輸出入の資料を見ていた。

「ギリングス家とは過去に付き合いはないですね」

 ジェイデン様が見せてくれた資料を見て、レインとセオドア様は考え込んでいる。

「それはそうだろうね。アプリコット鉱石はリスター領では採れない鉱石といえど、わざわざ遠方のギリングス家から取り寄せなくてもいい物だ。今も他の領地から輸入しているものだし希少価値があるものでもない」

「ギリングス家の名前が出たのも先日の夕食の席が初めてではないでしょうか。アメリアにギリングス家について仄めかしたこともありませんから」

 レインの意見にセオドア様も同意した。

 過去の不正の証拠は既に処分されている可能性が高いならば、と現在進行形で違和感があるものを掘り下げてみることにした。
 アナベル様がアメリアの嫁ぎ先にと進めているギリングス辺境伯については不自然だと言う。

 ギリングス領はファーウッド領とは正反対に位置する辺境地で、穏やかな気候のフォーウッド領に対して厳しい寒さの土地だ。隣国と隣り合わせの場所に位置し、緊張感がまとう地域でもある。


「アメリアへの嫌がらせか……それとも他の何かが……」

「嫌がらせ?」

「ああ、セレンやアメリアは詳しくないと思うがギリングス家は評判が悪い。ギリングス領は治安が悪くて犯罪組織があることは皆知っているのだけど、その犯罪組織とギリングス家は繋がりがあるとも噂されている」

「鉱山が有名な土地ですから普通の売買なら他領も付き合いはありますが、縁を作って恒常的に繋がる必要はありません」

「アメリアには心配させたくないから彼女の前では言わないでくれるかな?とにかく妹の幸せのためだけでなく、リスター家にとってもいい縁にはならないからね」

 貴族の噂などほとんど知らなかった私はただ頷くしかなかったが、どうやら不自然な婚姻であることは理解した。

「よっぽど安価で仕入れができるとしても……だな」
「アナベル様いわく、工業組合からの要望だそうです。アプリコット鉱石が必要な新製品がありどうしても大量に輸入しなくてはならないと」

 セオドア様が書類を渡し、レインは目を通した後に私にも見せてくれた。
 そこにはランプスタンドのイラストと設計図が描かれている。読んでみるとランプのガラス部分にアプリコット鉱石を使用するらしい。アプリコット鉱石はその名の通り淡いオレンジ色の鉱石で、これを元に製品を作ると出来上がりは優しい杏子色になる。宝石のように高価ではなく比較的安価で製品に色をつけることができるので工業品ではよく使われる。

「この書類自体にはあまり不信な点はないけど、一つの会社の一製品のために縁を結ぶほどではない。今までもアプリコット鉱石を使った製品はあったし継続的に他の領地から輸入している。
――それに経営には積極的に口を出すことのないアナベルが結婚を強行するなんて珍しい。この取引には何かあるかもしれない。この件を元に工業組合には詳しく話を聞こう」

「そうですね。いくら大量生産するといっても不自然ですから」

「アプリコット鉱石なら……確かフォーウッド領も採れたと思うから一度父に確認してみるわ」

「ありがとう。では一度こちらは詳しく追及してみよう」

「このランプスタンドはとても素敵だけれどね」

 白黒で描かれたアンティークのランプスタンド。花の形をしたシェードがあんず色に優しく灯るのは想像するだけでうっとりする。金属アームは植物の茎に見立ててあり、葉の飾りもついている。リスター領の工業製品は繊細で美しく人気があるのも頷ける。

「私とセオドアは工業組合長と製作を担当する会社に詳しい話を聞く、ジェイデンは今アプリコット鉱石の取引をしている家に輸入量や費用の相談。セレンも実家にあたっておいてくれるかな」

「わかりました」
「わかったわ」

「それとは別にアナベルの思惑も気になる。何か元々ギリングス家と繋がりがあるのか……。こちらも合わせて考えよう」

 過去の証拠は見つかりそうにないが、こちらからなら糸口が掴めそうだ。少しだけ光が見えた気がした。
< 33 / 44 >

この作品をシェア

pagetop