新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
「あんたがピンチそうだったから、事務所に呼びに行こうとしてエレベーターに乗ったら、途中からちょうどハイブリッジが乗って来たのよ。 だから事情を説明したら、そのままエレベーターを降りて行っちゃったから、きっとそうだと思ったのさ」
「まゆみ……」
ああ。
だから、さっきまゆみが入り口に居たと思ったのに、急に居なくなったと思ったのはそういうことだったんだ。
まゆみは、高橋さんを呼びに行ってくれていたんだ。
「でも、今ハイブリッジは行っちゃったし……。 あそこに、まだ牢名主軍団が居るところを見ると、陽子は自力で切り抜けてきたの?」
まゆみが、半信半疑の顔でこちらの様子を伺っていたので、先ほどのことが思い出されて急に怖くなってカクカクと不自然に頷いた。
「でかした! 偉いぞ」
「もう、本当に恐かった……」
急に力が抜けて、まゆみの肩に寄り掛かった。
「よしよし。 パウダールームに行こう。 聞いてあげるから」
まゆみに腕を抱えられて、パウダールームで話を聞いてもらった。
「ああ、鬱陶しい! お局軍団。 でも、やっぱりハイブリッジは、陽子のことが大事なんだね。 事情を説明したら、思いっきり私を睨みやがった。 あたしゃ、何にもしてないのにさぁ。 ハイブリッジは時計を見ながらだったから、多分次の会議に行く途中か何かだったんじゃないの? きっとエレベーターを降りて、階段を駆け上がっていったんだと思う。 私も慌てて降りたんだけど、もう姿がなかったから。 陽子は、本当に大切にされてるよ。 ありゃ、本気だな」
「まゆみ……」
「大丈夫! ハイブリッジなら、きっと陽子のことを守ってくれるよ。 あんな牢名主軍団なんかに、負けちゃ駄目だからね」
「痛っ……」
まゆみに、思いっきり背中を叩かれた。
高橋さん。
だから、あのまま行ってしまったんだ。
忙しいのに、来てくれて……。
それが、とても嬉しかった。
「じゃあ……年内は、もうお茶出来ないね。 それじゃ、またね」
「そうだね。 ありがとう。まゆみ」
あっという間に時間が経ってしまい、そんな息詰まる食事休憩でまったく休んだ気もしないまま、書類の山の待つ事務所へと戻った。
結局、その日も翌日も残業になり、帰って寝るだけの生活が2日ほど続いて、あと今年も今日、明日で御用納めとなった27日。
高橋さんと会議に出席するため、会議室に向かうエレベーターを待っていた。
エレベーターが到着して、ドアが開いて乗ろうとした瞬間、思わず躊躇してしまいそうになった。
エレベーターに、紺野さんが乗っていたのである。
高橋さんが階数ボタンを押そうとして、もう押してあったところを見ると、紺野さんも同じ会議に出席するようだった。
「あら、高橋さん。 こんにちは。 今日は、また仲良くお揃いで?」
何とも、嫌味を含んだ言い方だった。
「こんにちは。 これから会議でしてね。 紺野さんも、年末特例会議にご出席ですか?」
高橋さんは、怯むこともなく淡々と応えている。
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